日帝強占期(日本の植民地時代)に作られた地名、消えるか?


「第1期新都市開発」の代表新都市である京畿道城南市の「盆唐(プンダン)」の名称が変更されるかに関心が集まっている。

京畿道が行政区域名に染み込んだ「イルチェ(日帝/大日本帝国)」の残滓を清算し、固有の名称を復元するとして、当該の各基礎団体に名称変更の意思を打診して乗り出した。行政区域の名称変更は基礎団体固有の権限で、もし城南市が京畿道の勧誘を受け入れて名称を変えるなら、他の地方自治体にも少なくない影響を与える見通しだ。

16日の京畿道によると、京畿道は城南市を含む31市・郡に行政区域の名称変更の意思があるかどうか、今月末までに通知してほしいという公文書を発送した。京畿道が行政区域の名称変更の先頭に立つ理由は、「日帝強占期(日本の植民地時代)」に消えた固有の地名を蘇らせるためだ。

このために京畿道は世論調査専門機関であるケースタットリサーチ(KSTAT Research)に依頼して、2011年に京畿道の歴史地名辞典(韓国学中央研究院東アジア歴史研究所)に収録された邑・面・洞の地名変遷を分析した。その結果、過去の地名が現在まで維持されている邑・面・洞は137ヶ所(35%)で、解放前や1945年の解放後を含めて地名が変更された邑・面・洞は228ヶ所となった。

特に日帝強占期に邑・面・洞全体(398ヶ所)の40%に達する160ヶ所の地名が変更された。 2つの地名からひとつずつ取って合わせた「合成地名」が121ヶ所で最も多かった。

たとえば首都圏の代表的新都市にあげられる城南市の「盆唐(プンダン)」は、日本が1914年に盆店里(プンヂョムリ)と堂隅里(タンウリ)の前の一文字ずつ取ってきて「盆唐(プンダン)」としたものだ。城南市の書?洞(ソヒョンドン)も同じ年に遯書村(トゥンソチョン)と陽ヒョン里(ヤンヒョンリ)などを合併させながら一文字ずつ取ったものだ。龍仁市の新葛洞(シンガルドン)や華城市の梅松面(メソンミョン)などの地名も二つ以上の地名を合成して作られた。

植民地支配の利便性のために数字や方位・位置などを使用した事例も29ヶ所で確認された。光州市中部面と漣川郡中面が代表的だ。光州市中部面は1914年、クンネ面とセチョン面を統合しながら方位をあらわす中部面に改称され、漣川郡の中面はヨンチョン邑の北側だったプク面を「漣川郡の中央に位置する」として「中面」に変更した。

これらの他にも、日本が既存の地名を削除した後に漢字化した地名(富川市の深谷洞(シムゴクトン)などが3ヶ所、和風に改称された地名が水原市に11ヶ所(水原市の梅校洞や梅山洞など)がある。

京畿道は京畿道の歴史地名辞典の分析結果を土台に、31の市郡に行政区域の名称変更の意思を打診する公文書を送った。今月中に需要が把握されると、行政区域の名称改正のためのロードマップを作成する予定だ。京畿道は行政区域の名称を変更するという基礎団体が出てくるならば、標識変更などに必要な資金を支援する案を積極的に検討する予定だ。

クァク・ユンソク京畿道広報企画官は、「行政区域名の変更推進は日本帝国の残滓の清算と、地域の歴史性・アイデンティティ回復のためのもの」だとし、「市・郡と緊密に協力して、消えたり歪曲された私たちの固有の地名を取り戻すための努力を継続して推進する」と語った。

京畿道の公文書を受け取った基礎団体は悩むことになった。京畿道の問題意識に異論はないが、住民の支持なしに行政名称条例の改正は不可能だからだ。一部では、すでに多くの住民は、その地名の使用に慣れている上に、盆唐のようないくつかの地名は「富」のイメージまで加わっており、名称変更は容易ではないだろうという観測が出ている。
  • 毎日経済_チ・ホング記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2020-01-16 11:28:53