Q.時代劇「猟奇的な彼女」に登場するフィジョンは実在した王?ドラマの背景はいつの時代?

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A. 2001年に公開された映画『猟奇的な彼女』は俳優チョン・ジヒョンをスターにした作品です。『猟奇的な彼女』という話を聞くと、自然にチョン・ジヒョンを思い浮かべるほどです。

5月末から韓国で放送されているSBSドラマ『猟奇的な彼女』の女主人公ヘミョン王女(オ・ヨンソ扮)の行動は、映画の主人公の彼女と非常に似ています。

映画の中で彼女は酒癖が悪く、お酒を1杯でも飲むと態度が悪くなり、不義を見ると我慢できなくなります。

映画の彼女は地下鉄の優先席に座って寝ているふりをして高齢者に席を譲らない青年を叱り、未成年者を誘惑して居酒屋に連れてきた男たちにも恐れずに責める女性です。

ドラマの主人公ヘミョン王女の行為も同様です。宮殿が息苦しいと塀を越えるのは基本であり、外泊まで強行します。王女という心強い背景もありますが、王室の虚礼虚飾と朝廷の不条理を我慢できず、市場では民衆を苦しめる両班に悪口を言います。

泥酔状態の彼女を旅館に連れて行ったキョヌ(チュウォン扮)を痴漢だと誤解して変態扱いをしたり、彼女の胸の痛みは最終的には心を寄せていた情人のせいだったという点も映画と似ています。王室の悩みの種でありながら、清純なルックスのおかげか(?)誰もが簡単に憎むことができない点も映画と同じです。

ここまで来れば、映画のストーリーを脚色して長く伸ばして、朝鮮時代に持っていったという感じを自然に受けます。

  • < ヘミョン王女 / 写真=SBS >

朝鮮時代にこのような王女が本当にいたのか気になりますか。王女の父フィジョンは朝鮮王朝何代目の王なのでしょうか。

朝鮮はもちろん、韓半島に存在していた王朝のなかに、フィジョンという王はどこにもいません。三国時代までは、○○王と呼ばれるだけで、○○祖や○○宗という諡号は使われることもありませんでした。

似たような名前を持つ王に高麗21代の熙宗(ヒジョン)がいますが、熙宗は武人時代の権力者崔忠献(チェ・チュンホン)を殺そうとして失敗し、廃位された不運の王です。

では、朝鮮時代の王の中で名前は異なりますが、フィジョンと似ているモチーフとなった王がいる可能性はないでしょうか。自然とこんな疑問が頭に浮かぶことでしょう。ドラマが考証などをまったく無視している話、なかったストーリーを新しく作ったものなので、王の名前も変えたのではないでしょうか。

ドラマ『猟奇的な彼女』の制作陣はフィジョンについてこう説明します。

「強力で絶対的な王権確立のために苦労するが、チョン・ギジュンなどの臣下たちの牽制によって失敗し、臥薪嘗胆している。キョヌなどの若い才能の登用を突破口にして密かに改革を試みようとする。

10年前に彼女の生母である以前の中殿ハン氏を廃位させ緘口令を下した。しかし、すべてのことを覚えている王女が気にかかる。ひょっとして彼女が廃位された中殿の娘という理由で朝廷で責められるのではないかと、さらに厳しく接する」

朝廷の実勢である左議政チョン・ギジュンは中殿を廃位させて、自分の妻の実家の方の人物である中殿パク氏をその場に座らせた人物として紹介されます。フィジョンの母であるチャヘ大妃は垂簾聴政で朝鮮を率いてきた政治9段で、王室を守るためにチョン・ギジュンと手を握ったことを後悔しています。

登場人物の説明に出てくる中殿の廃位と外戚、垂簾聴政などの単語を組み合わせるとフィジョンと似ている王として朝鮮11代王の中宗(在位:1506年~1544年)が浮かんできます。

反正(クーデター)で王位に上がった中宗は即位してから7日後に反正功臣の強要に負けて糟糠の妻、端敬王后シン氏(愼氏)を廃位して尹汝弼(ユン・ヨピル)の娘(章敬王后)と再婚しました。章敬(チャンギョン)王后は息子(仁宗)を生んで7日後にこの世を去ります。中宗と章敬王后の間には孝惠公主も誕生しますが、彼女は当代一の勢力金安老(キム・アンロ)の次男に嫁ぎます。

反正勢力が中宗の糟糠の妻を追い出した名分は彼女の父親慎守勤(シン・スグン)が反正に反対したという理由でしたが、中殿から廃位されて後に毒殺された母の廃妃ユン氏(尹氏)のことが原因で暴悪をはたらいた燕山君を追い出して新しい王を立てた人物たちが中殿を追い出す仕事をためらわずに行ったのです。

章敬王后が他界した後、2年が過ぎた後に文定王后ユン氏(尹氏)が王妃となった後、彼女の実家の兄弟である尹元老(ユン・ウォンロ)、尹元衡(ユン・ウォニョン)一派が強大な権力を振り回しました。17歳の若い年齢で宮に入ってきた文定王后は次々と娘だけを産んでいたのですが、王妃になってから20年後に息子(明宗)を生み、政争の真ん中に飛び込むことになります。弱々しい仁宗(在位:1544年~1545年)が即位から8カ月で息を引き取り、明宗(在位:1545年~1567年)が後を継ぐと垂簾聴政を始めた文定王后は朝鮮の則天武后と呼ばれるほど、男性官僚を足の下に置いて権力を振り回しました。

2人の王妃がすべてユン氏で親戚です。章敬王后の実家の方を大尹といい、文定王妃の方の家を小尹と呼び、親戚間で巨大な権力闘争を繰り広げましたが、仁宗と明宗を経て垂簾聴政をした文定王后を背に負って小尹の圧勝で終わったわけです。

中宗と周辺人物たちの面々がドラマ『猟奇的な彼女』の登場人物と溶け込んでいるわけです。ただし、似ているとはいえ、赤の他人でしょう。実在の人物ではありませんが、それが問題になるでしょうか。フィクションでも面白ければ十分ではありませんか。朝鮮時代にあのような王女が一人ぐらいいてもいいではないですか。このような気持ちで鑑賞してもよさそうです。
  • Lim, Chul
  • 入力 2017-06-08 00:00:00

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