Q.平壌で公演した歴代の韓国歌手を紹介してください③

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A. 2003年には二度に渡って平壌で舞台が組まれました。その年の7月にKBSの長寿番組である『全国のど自慢』が特別企画として平壌で開催されました。平壌で開かれる『全国のど自慢』、10年前にこの舞台が繰り広げられたのです。平壌市民が参加したのど自慢の司会は国民MCのソン・ヘと北韓(北朝鮮)の女性アナウンサーのチョン・ソンヒが一緒に進行し、ソン・デグァンとチュ・ヒョンミが招待歌手として出演しました。

同年の2003年9月には柳京鄭周永体育館の開館を記念する統一音楽会が開かれました。

現代建設が設計と建設資材の調達、施工まですべてを引き受けた柳京体育館は北韓で二番目に大きい室内体育館です。当初の名称は柳京体育館でしたが、2001年に亡くなった現代の鄭周永会長の対北韓事業の業績を称えるために名称が変更されました。

体育館の開館を記念して、南北親善バスケットボール大会と統一コンサートが開かれました。この当時の公演には歌手チョ​​・ヨンナム、イ・ソニ、ソル・ウンドとアイドルグループの神話とBabyvoxが参加しました。このイベントを中継するために韓国の放送中継車2台が分断以来、初めて平壌に行きました。

BabyvoxはFin.K.Lに比べて少し制約が緩まりました。赤いトップスに花が描かれたホワイトトーンのスカートとズボンを着てパフォーマンスを繰り広げました。実はもともとへそ出しのTシャツを着る予定でした。リハーサルでもそのTシャツを着ました。しかし、リハーサルが終わった後、お腹を見せるのは礼儀に反するようだと指摘を受けて服を着替えたそうです。北韓の住民にとってはカルチャーショックが相当だったはずですが、伝わってくる言葉によると観客の表情にはあまり変化がなかったそうです。

神話はファンたちを熱狂させたパワフルなダンスを披露しましたが、観客が目をきょとんするだけで反応が少なく、いやまったくなく、たまに観客を見るとレーザー光線を放っているように感じられ、これを見て雰囲気をアップさせる必要があるのか、または落ち着かせる必要があるのか、少し困ったそうです。

2005年に入ってからチョ・ヨンピルが単独公演を行いました。もちろん簡単ではありませんでした。当初、北側の要請で協議が進められたものの朝鮮半島をめぐる情勢があまりにも刻々と変わり、7回にわたって延期されました。

チョ・ヨンピルの平壌公演は簡単ではありませんでした。最初はチョ・ヨンピルも乗り気ではなかったそうです。

SBSから平壌公演の話を聞いた後、葛藤した彼は政治的な問題に巻き込まれるのは負担になると平壌には行かないという意思を示しました。しかし国民歌手としての歴史的責務を果たしてほしいという説得に平壌行を決心したそうです。

チョ・ヨンピルは平壌コンサートで『子守歌』と『険しい波風を越えてまた会おう』の2曲を除いた残りの部分はすべて自分の曲でステージを構成しました。北韓側はチョ・ヨンピルに彼の歌の中から『その冬の喫茶店』と『釜山港へ帰れ』は必ず入れてほしいと頼んだそうです。

チョ・ヨンピルが単独公演をする頃、イ・ヒョリは北朝鮮芸術団のチョ・ミョンエとサムスンエニコールのテレビCMを一緒に撮りました。セクシー美を誇るイ・ヒョリときれいな北韓の女性がよく調和していた広告でした。


その後13年間中断されていた韓国歌手の平壌公演が今回再開されました。平壌で再び『その冬の喫茶店』を歌ったチョ・ヨンピルの心情はどうだったでしょうか。4回も平壌の舞台に立ったチェ・ジニは北側から特別にお願いされた『遅すぎる後悔』を歌ってどのような感激を味わったでしょうか。
  • O2CNI Lim, Chul
  • 入力 2018-04-06 00:00:00.0

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