A. | 鶏肋、何かはご存知でしょう? 漢中をめぐって劉備と激戦を行った曹操が戦況が不利になったため「漢中を諦めるか?諦めないのか?」悩みます。ちょうど夕食に出てきた鶏肉スープに入っていた鶏肋を見て、なにげなくその日の夜、暗号を鶏肋にしたという故事が伝えられます。 話を伝え聞いた楊修が大将たちに事前に荷物をまとめるように薦めたせいで首が飛んでしまいました。 食べる部分はないけど、捨てるには惜しい鶏肋が優れた才能を持った人の命だけ奪ってしまったということです。 食べ物が十分でなかった時代、鶏肋は将兵の酒のつまみとして人気を集め始めました。 1970年代初期にはタッカルビ1人前が100ウォンだったので庶民カルビ、学生カルビと呼ばれるようになりました。 最初は本当に捨てるには惜しい鶏肋(タッカルビ)を切って炭火で焼きました。 上の写真に写っているように焼き網に餅、野菜、鶏肉を辛いヤンニョム(調味料)に付けて焼いたり炒める現在の姿に変わったのは1980年代後半に入ってからです。 所得水準が高まって肉があまりない鶏肋の代わりに鶏の足や胸肉を使うように変わり、鶏肋が入っていなくても名前だけタッカルビになってしまいました。 春川から由来した食べ物ですが春川の現地の人々は中心街である明洞(ミョンドン)のタッカルビに対して、あまり納得していないようです。ほとんどのタッカルビ店が外部の資本によって作られた店である上に、味も現地人よりは外部の人の好みに合わせているそうです。春川に寄って伝統の味を楽しみたいならば春川の人からおすすめの場所を聞く方がいいです。参考までに後坪洞(フピョンドン)人工滝のタッカルビ路地、江原(カンウォン)大学の裏門、昭陽江(ソヤンガン)ダムの近くの川前里(チョンジョンリ)が有名な場所です。 タッカルビは春川式とソウル式に区別されます。 春川の元祖タッカルビは炭火に焼き網を置いて味付けした鶏肉を焼いて食べる反面、ソウル式は鉄板に野菜と鶏肉を一緒に炒めた後、チーズを添えます。タッカルビを寝かせるヤンニョムにも差がありますが、ソウル式はカレー粉をたくさん入れて甘くしますが、春川ではカレー粉を最初から入れなかったり入れても少しふりかけるだけです。春川式は韓国式味噌と唐辛子味噌(コチュジャン)を混ぜ合わせたヤンニョムにタマネギを利用して甘みを出すのでソウル式よりは、はるかに辛いです。ついでに言うと、カレー粉のヤンニョムも1990年代初期に、春川のタッカルビ業界を制覇した有名なレシピだそうです。 今はなくなりましたが、一時春川駅の前にキャンプページという米軍部隊が駐留していました。そこに勤めていた軍人の中でタッカルビの味にハマっていた人も結構いたそうです。それほどいろんな人の口に合う食べ物ということでしょう。炒めたり焼いたりしているので味も負担がなくて、衛生上問題が発生する可能性もほとんどないし、ビジュアルも無難で少し辛いという点だけ抜けば、誰にでもO.Kです。 |