Q.爆弾酒は、いつ登場しましたか?

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A. 2000年代の初期、大韓民国17代国会には「ポクソクラブ」と「ジョポククラブ」という少し奇妙な集まりがありました。

ポクソクラブは「爆弾酒掃討クラブ」、ジョポククラブは「静かに爆弾酒を飲む議員クラブ」を略した言葉です。
もちろん公式団体ではなく、メンバー構成もはっきりしない非公式クラブでした

ジョポククラブの代表選手は、パク・ヒテ(朴熺太)国会議長。彼は、ポクソクラブへの加入を勧められましたが、頑として拒否したと伝えられています。

17代国会を経て18代国会に続き、多くのポクソクラブの議員が落選したため、ポクソクラブは自然に解散してしまいました。

朴議長は、冗談まじりに爆弾酒の知的財産権を主張しています。1983年に彼が、春川(チュンチョン)地方の検察庁長に在職していた当時、「春川地域の機関長」の集まりで初めて爆弾酒が製造*されため、それ以降、製造法が検察と軍を経て、財閥企業に広がり始めたという説が有力です。だから、知的財産権を主張しているのです。

*当時、軍ではビールグラスにウィスキーを満タンにして飲む飲酒文化が流行りましたが、耐え難かった検事たちが、ビールと混ぜて味をなめらかにして作って飲んだそうです。

朴議長の知的財産権主張に同意しない人はキム・ムソン(金武星)議員です。高校時代から酒浸りだったという彼は、自分が初めて爆弾酒を作ったと主張しています。

爆弾酒を飲むたびに政治家の名前を思い出してしまい、票を得る時に価値が上がるという思いから自分が元祖だと主張するのかもしれませんが、実はかなり古くから伝わってきた飲み方です。

1837年に発刊された『釀酒方』(ヤンジュバン)に、すでに爆弾酒の原型が紹介されています。

JTBCドラマ『 コッパダン:朝鮮婚談工作所』の混沌酒(ホンドンジュ)の製造シーン。

韓国にビールが紹介されるずっと前だったので、マッコリがビールの代わりに装薬として使われました。温かいマッコリに蒸留式焼酎を注ぐと、焼酎がきれいに浮かんできますが、これを混沌酒と呼んだそうです。マッコリに混ぜる焼酎が赤みを帯びている場合は、自中紅(チャジュンホン)という名前が付けられました。

1940年代になってからは、日本のキリンビール(麒麟麥酒)が韓半島に紹介され、マッコリとキリンビールを混ぜた「ビタク」というカクテルが登場しました。

考えてみれば爆弾酒は、韓国の専有物でもありません。
世界中のお酒がある所なら、どこでも爆弾酒を製造できます。爆弾酒は、ありふれたカクテルの変種なだけで、韓国式という主張も理屈に合いません。


産業革命期にイギリスの居酒屋では貧しい労働者たちが安い値段で早く酔うためにウィスキーとビールを混ぜて飲むのが一般的でした。20世紀初め、シベリアに連行されたロシア人たちは、寒さを凌ぐため、ウォッカとビールを混ぜて飲んでいたそうです。(ビールを満タンにしたグラスにウォッカが入ったグラスを落とすと、潜水艦のように沈むためユボトゥとも言います)
  • Lim, Chul
  • 入力 2019-12-20 00:00:00

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