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安東の観光名所「屏山書院」…自然そのままの佇まい

    • 霧のたちこめた安東「屏山書院」の朝の風景。 写真提供=安東市



    慶尚北道安東市の「名所」としては、豊川面(プンチョンミョン)屏山里(ピョンサンリ)の「屏山書院」が一番最初にあげられる。屏山書院(ピョンサンソウォン)の前身は高麗時代豊山県にあった「豊岳書堂(プンアクソダン)」で、高麗時代から士林(サリム/儒学の信奉者)の教育機関だった。

    1572年(宣祖5年)に「西厓」柳成龍先生が今の場所に移したが、1607年に西厓(ソエ)が他界すると、鄭經世などの地方儒林たちが柳先生の学問と徳行を追慕するために位牌を奉安して1614年に「屏山書院」と改称した。

    屏山書院は地方教育の一翼を担当し、多くの学者を輩出しており、1868年(高宗5年)に興宣大院君(フンソンデウォングン)が書院撤廃令を下したときにも取りはらわれずに保護された。

    屏山書院は周囲の景観が群を抜いており、建築史的にも価値が高い。ユ・ホンジュン前文化財庁長は彼の著書『私の文化遺産踏査記』で、屏山書院について「屏山書院は周辺の景観を背景にしてここに定められたのではなく、この優れた江山の景観を積極的に抱きしめて配置したという点で、建築的・庭園的思考の卓越性を示している」と絶賛した。また「その役割を忠実に果たしているのが晩對樓(マンデル)」だと褒め称えた。

    晩對樓は屏山書院で最も知られている建物で、建築と造形美で優れた価値を認められている。晩對樓は自然の地形をそのまま利用した正面7間と側面2間の楼閣で、休息と講学の複合空間だ。晩對樓の床下にも可能な限り自然をそのまま入れた。楼の床を支える太い木の柱は、曲がったその姿のとおりに建物を支えている。木材を新たに整えないことから人工的な匂いが全くない。

    このような建築史的価値のために、屏山書院は「道東書院」「陶山書院」「紹修書院」「玉山書院」とともに朝鮮時代の5大書院に数えられる。
  • 毎日経済_安東=オ・ソンドク記者 | (C) mk.co.kr | 入力 2019-09-06 18:17:00