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  • Q.
    韓国歴代の大事故・惨事(上):三豊百貨店崩壊、聖水大橋崩壊、大邱地下鉄のガス爆発と事故
  • A.
    冷たい海の中には、いまだに助けられなかったセウォル号の行方不明者が残っています。セウォル号は無数の歳月が流れても、韓国人の胸の中に残るでしょう。

    セウォル号の事故が起きる前の2月18日、大邱では10年以上前に地下鉄事故に遭った被害者を追悼する行事が開かれました。聖水大橋の崩壊で多くの学友を失ったソウル舞鶴(ムハク)女子高学生たちも追悼日を定め、若くして亡くなった友人の魂を慰霊しています。今もなお韓国人にとって胸の痛い事故として残っている事件を整理してみます。

    三豊百貨店崩壊事故

    1995年6月29日午後5時57分、ソウル市瑞草区瑞草洞にあった三豊(サンプン)百貨店A棟が崩壊した事件で、建物が崩壊し、1500人余りの従業員と顧客が怪我をしたり死亡しました。手抜き設計、手抜き工事、メンテナンス不良などが原因で発生した事故で、死亡者502人、行方不明者6人、負傷者937人という人命被害を生みました。 6.25戦争(朝鮮戦争)以来最大の人的災害として記録されています。

    地上5階、地下4階、屋上付帯施設がある2つの建物で構成された三豊百貨店は1989年末に完成しました。設計時には、総合商店街の用途で設計されたものの、建物の構造専門家の精密な診断なしに百貨店の用途に変更されました。完成後も無理な増築工事を実施し、1994年11月には違法建築物の判定を受けています。

    事故の数日前から、壁に亀裂があるなどの崩壊の兆しがありました。事故発生当日の午前中には、5階の天井が沈み始めましたが、経営陣は営業を中断せずに補修工事を進行することを決定しました。事故当時、百貨店の中には顧客1000人と従業員約500人がいました。午後5時52分頃、5階から崩れ始め、約20秒後には2棟のうち北の建物が完全に崩壊しました。

    A棟が崩壊した後もB棟はしっかりしてましたがB棟も崩壊の危険が大きいとの理由で閉鎖措置され、1999年に撤去されました。事故当時、現場から約400m離れたアパートの住民は地鳴りを感じ、地震が起きたと勘違いして警備室に連絡をしたとされています。


    聖水大橋崩壊事故
    1994年10月21日午前0時20分頃と午前2時30分頃、1.3m × 2m の大きさの鉄板が聖水大橋の天板の継ぎ目に敷かれていたことが、運行していたドライバーたちによって目撃されています。事故当日の早朝6時頃に、聖水大橋を通過した車両の運転者がソウル市当局に直接電話で通報したにもかかわらず、橋梁進入統制などの緊急措置を取らなかった当局の安易な措置により想像していなかった惨事が起きました。

    1994年10月21日午前7時48分頃に、橋の上部トラス48mが崩壊したのです。事故が起きた部分を走っていたワゴン車1台と乗用車2台は懸垂トラスと一緒に漢江に墜落し、崩壊した地点に引っかかっていた乗用車2台は水中に落ちました。ハンソン運輸所属の16番ソウル市内バスは、崩壊部分に引っかかっていましたが、車体が裏返しになり、墜落しました。

    最終的にバス1台、ワゴン車1台、乗用車4台の計6台の車と49人の乗員が墜落し32人が死亡しました。市内バスが転覆して墜落したことにより、多くの死傷者が発生しましたが、惨事の発生時刻が朝の出勤や登校時間であったため登校していた学生や出勤していた会社員、教師などが帰らない客になってしまいました。特に朝に登校していた舞鶴の女子学生1人と舞鶴女子高生8人が市内バスに乗車中でしたが、この惨事のために9人の若き女子学生が一度にこの世を去りました。

    大邱(テグ)地下鉄のガス爆発事故

    1995年4月28日、大邱広域市で起きた大惨事で、大邱地下鉄1号線1~2区間の間で起きたガス爆発事故です。大邱百貨店の新築工事のために地盤工事をしていた作業員が誤ってガス管を破損させた時に漏れたガスが下水管を介して地下鉄工事現場に浸透しながら爆発を起こしました。

    爆発後50mにも及ぶ火柱が立ち上り、400mにも及ぶ地下鉄建設現場が崩れました。この事故で死亡者101人、負傷者202人など300人を超える犠牲者を出し、車両150台以上、建物80棟が破損される甚大な被害をもたらしました。

    特に、事件現場が学校の近くであるうえ、登校時間に事故が起き、学生の被害が大きくなってしましました。事故現場の遺品として血まみれのバックパックや黒焦げの教科書や参考書が多く発見され、見る人々を悲しませました。

    大邱(テグ)地下鉄事故

    2003年2月18日午前10時頃、大邱市内の地下鉄1号線中央路駅で放火による火災が発生し、192人が死亡、148人が負傷する人命被害を出した事件です。

    脳卒中になった精神遅滞児のキム・デハン(56)が乗っていた列車で石油を入れたペットボトル2本を取り出してライターで火をつけた後、列車内に投げて火災が発生しました。火は瞬く間に電車の6つの車両にうつり、反対側から進入していた上り線の電車6両にも移り、192人が死亡し148人が重軽傷を負うなど、大きな人命被害を出しました。火は上下線の電車12両をすべて燃やし、同日午後1時30分頃、鎮火しました。

    自分の病気を悲観して自殺を企てていたキムは、火が勢いよく広がり、阿鼻叫喚になると、火傷を負った後に恐怖を感じて抜け出し、逮捕されました。

    当時、中央路駅に停車中の列車は、乗客が開いていたドアを介して避難することができた。しかし、運行停止措置を取らなかった地下鉄司令の誤った判断により、正常運行していた1080号が中央路駅の反対側の線路に停車してしまいました。さらに、ドアが閉じたままで運転士がドアを開けてくれず、自分はマスターコントロールキーを持って逃げ、1079号に比べてはるかに多くの人命被害をもたらしました。

    (※この記事は「韓国歴代の大事故・惨事(中):大然閣ホテル火災、慶州リゾート崩壊、西海フェリー沈没など」へ続きます。)