サムスンSDI「創立50周年」…バッテリー超格差で神話継続



「ブラウン管からディスプレイとリチウムイオン電池に」「売上げ10万倍以上の成長、従業員40倍に増加」「オーナー3代のリーダーシップ」...。

創立50周年を迎えたサムスンSDIの事業と歴史を示す表現だ。新しい50年を準備するサムスンSDIが「超格差」をパラダイムに提示した。サムスン電子の半導体メモリのように技術力で圧倒的優位を獲得し、競合他社との格差をひろげるという自信を表わしたものだ。

サムスンSDIは1日、京畿道龍仁市の器興事業場で全永鉉(チョン・ヨンヒョン)社長をはじめとする従業員100人あまりが参加したなかで「創立50周年記念式」を開催した。

チョン・ヨンヒョン社長はこの席で「超格差技術中心の新しい50年を作っていこう」と述べた。これを実現するための課題として、△超格差技術の確保、△一流組織文化の構築、△社会的責任の向上、などを提示した。チョン社長は「最高の品質と安全性をベースにした超格差技術を確保してこそ、技術中心の超一流企業になることができる」とし、「次世代はもちろん、次々世代のバッテリーまでを念頭に置いて関連技術を確保しなければならない」と注文した。

財界ではサムスンSDIは韓国電子産業の部品の歴史と軌を一にすると評価する。サムスンSDIの主力事業は、△ブラウン管、△プラズマディスプレイパネル(PDP)と液晶表示装置(LCD)などのディスプレイ、△リチウムイオン電池とエネルギー貯蔵装置(ESS)などの順に変貌しつつ世界再考の座を守ってきた。創立当時は1億ウォンだった年間売上高は昨年に10兆974億ウォンを記録し、今年は10兆5000億ウォンと予想されるなど、10万倍以上に増えた。同じ期間、従業員の数は682人から2万7000人に40倍増加した。同社が主力事業を変更しつつ成長を続けてきた過程で、故李秉喆(イ・ビョンチョル)サムスン先代会長と李健煕(イ・ゴニ)サムスン会長、李在鎔(イ・ヂェヨン)サムスン電子副会長につながる3つのリーダーシップが重要な役割を果たしたという評価が出てくる。

イ・ビョンチョル先代会長は1960年代半ばに電子産業を始めつつ、完成品だけでなく部品の国産化も成し遂げて、総合電子会社としての面貌を備えるという目標を持っていたし、それによって1970年に日本のNECとの合弁でサムスンSDIの母体である「サムスン-NEC」を設立した。サムスン-NECの最初の事業はブラウン管の製造だった。

1974年にサムスン電管工業に社名を変更し、1979年11月に白黒ブラウン管の累計生産1000万本を突破してその地位を強固にした。イ・ビョンチョル先代会長は1984年に「世界のブラウン管の年間需要の10%に相当する1000万台の生産能力を1988年までに備える」と指示し、このような思い切った投資が根底になって、カラーブラウン管でも1993年に1位に上がるなど、世界的な競争力を維持した。 1980年代に開始したLCD事業は、2002年第2四半期のグローバル携帯電話用ディスプレイ1位という成果につながった。

1999年にサムスンSDIへの社名変更頃を前後して、リチウムイオン電池を新成長動力として育てた。 1994年に関連会社のバッテリー事業をサムスンSDIに一元化し、「IMF通貨危機」で経済が冷え込んだ時にイ・ゴンヒ会長は、バッテリーに対する果敢な投資を決定した。サムスンSDIは1999年に1800アンペア時のバッテリー開発に成功してすばやく乗り出し、2008年には電気自動車用バッテリー事業に進出し、2009年にBMW電気自動車プロジェクトを受注するなどの成果を出した。

現在はスマートフォンや電動工具に使用される小型バッテリーとESS用バッテリーで世界1位を記録している。電気自動車用バッテリーは5位の水準だ。

サムスンSDIは今後、電気自動車用バッテリー事業に多くの力を注ぐことが期待され、この過程で李ジェヨン副会長のリーダーシップが重要な役割を果たすものと見られる。李副会長は部品事業の育成にも大きな関心を傾けている。
  • 毎日経済_キム・ギュシク記者/ファン・スンミン記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2020-07-01 19:46:37