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千年古都の文化が息づくところ-慶州「南山へ行く道」


  • 千年古都の文化が息づくところ-慶州「南山へ行く道」
  • < 月淨橋は精密復元のために長い時間をかけて工事中だ >

きらびやかだった新羅の仏教遺跡が残っている慶州(キョンジュ)南山。新羅時代から信仰の対象であり、現在でも山自体が文化財である南山は、慶州旅行に欠かせない要素だ。そして、山の麓に造成されている新羅探訪道も、慶州と新羅を理解する新しい方法となっている。

現在、新羅探訪道は3コースが完成されている。南山の西側に鮑石亭(ポソクジョン)と祗摩(チマ)王陵を経て三陵に繋がる三陵(西南山)へ行く道と、反対側の東側に玉龍庵(オクリョンアム)と書出池(ソチュルジ)を通って念佛寺址に繋がる東南山へ行く道、そして最近造成された「南山へ行く道」だ。

このうち慶州市は、南山へ行く道に「千年前の新羅王と王妃が歩いた道」という別名を付け、既存のにあった2コースと連携して新名所になると見込んでいる。

▶ 断たれた精気を再び繋ぐ道

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  • < 月淨橋の模型が展示されている >

新羅の都だった月城(ウォルソン)と校村韓屋村の間に工事真っ最中である橋がある。新羅の景徳王19年に作ったという記録がある月淨橋(ウォルジョンギョ)を復元する工事だ。

精密復元と許可問題で、2008年に始まった工事が今まで続けられてきたが、完成されれば世界文化遺産である月城地区と慶州南山が繋がる新しい観光コースが作られることが期待される。月淨橋を開始点としている新羅探訪道の3コースすべても、このような文脈で組成されたと見ることができる。

最近行われた南山へ行く道の名前のように、月淨橋の南側の都堂山(トダンサン)を越えて南山につながる道だ。総延長800メートル程度の短いコースだが、既存のにあった2コースに変化を与えながら南山へ行く最短コースを開いたという意味がある。

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月淨橋から出発して都堂山に向かえば、1回階段を上がった後、都堂山展望台にのぼる。ここにはファベクジョンというあずま屋を建てておいたが、昔の新羅の王と王妃が南山に行く途中に休憩をした所という伝説を盛り込んで作った。

あずま屋に上り、月淨橋方面を見ると、展望台という名称らしく月城地区と慶州市内までの景色が繰り広げられる。海抜100メートル前後の小高い山にもすがすがしく広がる眺望に驚くほどだ。玉に瑕は、あずま屋の前に枝をつり上げた木が眺望の障害だという点だ。

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  • < ファベクジョンから月淨橋方面に眺めた風景 >

これに慶州市庁の新羅文化隆盛課のイ・サンイルチーム長は、「南山を含むこの地域はすべて文化財区域であるため、伐採をむやみに行うことができない」と話す。旅行者のための道を造成したが、保存のためにすべての条件を旅行者に合わせることはできないということだ。このように、千年の古都の慶州では、旅行者もありのままの姿に満足しなければならないことを誓う必要がある。

ひどく手をつけていない自然的な姿も悪くない。ファベクジョンを通って都堂山を下りて行く道がそうだ。発掘調査のために生まれた道にヤシのマットだけを敷いた道だが、ふかふかしていて柔らかい肌触りが歩みを楽にする。

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  • < ファベク広場は都堂山トンネルの上に造成された >

短い山道を過ぎると都堂山トンネルの上に造成したファベク広場に到着する。都堂山で続けて登場するファベクという言葉は、新羅時代の国の重大事を議論していた貴族会議制度であるファベク制度(和白制度)から取った言葉だ。

ファベク広場は実際にも会議の場所のうちの1カ所として使われたものと推定され、産業道路建設のために断たれた月城と南山の精気を再度続けたという評価も受けている。また、イ・サンイルチーム長は「夕暮れ時に訪れると、広場の下の産業道路と一緒に夕焼けを見るのが素敵だ」と推薦する。

新たに開通した南山へ行く道は、ファベク広場のすぐ下の南山登山口路の入り口まで。以降、南山を登ったり、新羅探訪道の他の2コースに続いていくことができる。南山へ行く道の開通が、慶州南山のすべての道を繋げ、橋頭堡の役割をするようになったのだ。
  • MKスタイル イ・ジンウク記者 / アドバイス、写真提供=月刊旅行スケッチ
  • 入力 2016-12-19 10:27:05