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コ・アラ「なまりを書き取りながら演技しました」

ドラマ「応答せよ1994」主人公コ・アラ/「大学図書館に行って94年の新聞も探して読みました」 

  • コ・アラ「なまりを書き取りながら演技しました」
  • 写真提供=SMエンターテイメント

去る3日、ソウル・チョンダム(清譚)洞のあるカフェで会ったAra(コ・アラ、24)は足に石膏包帯をしていた。最近終映したtvNドラマ「応答せよ1994」の撮影中に靭帯が破裂し、手術を控えていると言う。しかし顔はにこにこしていた。

「とても痛かったはずなのに撮影が楽しみで、苦痛も忘れました。リアルタイムで反応が入って来るので本当に嬉しかったし、楽しかったです。次も大衆と呼吸を合わせられる作品に出たいです」。

社交辞令とは感じられなかった。ドラマで彼女は馬山(マサン)訛りを「生のままに」駆使するメチャクチャな女子大生ナジョン役で高い人気を享受した。ぼさぼさの前髪、息巻く言いぐさなど間違いなく「いたずらっ子」に変わった。

「初めて配役を提案を受けた時、きれいではなくて良かったです。製作陣の方々もどのようにすれば‘アラを醜く撮れるか’って言ってたんですって?(笑い)。からだも太らせようと努力したし、撮影場では完全に大きいジャージを着て通いました」。

2003年、青少年ドラマ『四捨五入』でめちゃ可愛い女子中学生「オクリム」でスター級に上った彼女は壊れたかった。

「オクリムのイメージがとても強くて、ある瞬間、このままで良いのかと思いました。イメージ変身を望んだし、その壁を破りたかった」。

変身に対する強い熱望は努力につながった。背景になった1994年を理解するために、図書館で当時の新聞をたくさん読んだし、それだけではなく馬山地域の人口分布図まで探し出して見た。晋州に暮らしたが中学校の時にソウルに転校して来た彼女は、訛りを活かすために慶尚道(キョンサンド)地域の親戚・友達とたくさん通話した。

「私は訛りをすべて書き付けたんです。ずっと聞いて真似してみると、過去の記憶が蘇るんですよ」。

ドラマでの関心事はナジョンの夫だった。天才医大生スレギ(ジョンウ)と紳士然とした野球選手のチルボンのうち夫はスレギで結論が出たが、撮影過程は簡単ではなかった。

「監督さん(シン・ウォノPD)が(視聴者に)ナジョンが夫を欺くために、結婚を想像したり回想する場面だけ20回をこすほど撮りました。毎回、背丈と顔が違う代役と撮影するんですが、撮影しながら一生に着るウェディングドレスをこの時にすべて着たと思いました」。

彼女は細くて長い両腕を空中にひらひらさせて答えた。幼い頃、慶南(キョンナム)の晋州(チンヂュ)でお婆さんとお爺さんのもとで育った彼女は、誰に会っても先に声をかけるきさくな性格だと語った。すべてのことに肯定的だという彼女は、「うかうかとデビューして、毎瞬間ごとに全力を尽くした。その間は俳優としてどんな道に進むかに対して悩むひまもなかった」と語る。

「演技の味」が分かるようになった彼女はこれからが期待される。

「白い画用紙みたいな俳優になりたいです。うす紅色でも青でも赤でも、どんな色を加えてもその色が出る俳優がいるんじゃないですか。私自身を超えることができるか恐ろしいけど、震えたりします」。
  • 毎日経済_イ・ソンヒ記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2014-01-06 08:01:02




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