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「乙未事変」に関与した日人外交官の手紙発見

朝日新聞が報道 

  • 「乙未事変」に関与した日人外交官の手紙発見
  • 朝日新聞デジタル版が16日公開した書簡。 写真ソース=朝日デジタル版ツイッターからキャプチャ



「乙未事変」(1895年)に実行グループとして荷担した日本人外交官による明成皇后(1851~1895)を殺害した状況を詳しく説明した手紙が発見されたと、日本の朝日新聞が16日に報道した。朝日新聞によると乙未事変の当時、朝鮮に領事官補としてとどまった堀口九萬一(ほりぐちくまいち)が発送人とされる手紙に「私たちが王妃を殺した」とあり、殺害事件の経緯が詳細に記録されている。

堀口の手紙は新潟の韓学者の友達に送られたもので、1894年11月17日から1895年10月18日までの計8通が発見された。これらの手紙のうち6番目が明成皇后殺害翌日の1895年10月9日付けだ。ここには事件現場での行動が詳細に書かれている。

手紙には「進入は私が担当する任務だった。塀を越えて(中略)ようやく奥御殿に至って王妃を殺害した」と記述されていた。また「存外に容易で、却て驚いた」という所感まである。事件の実行グループは日本外交官・警察と民間人などだったと朝日新聞は伝えた。

この手紙は名古屋に居住する切手・日誌研究家のスティーブ長谷川氏が古物市場で入手し、『朝鮮王妃殺害と日本人』の著者である在日の歴史学者金文子(キム・ムンジャ)氏が筆による流し字を読み取った。手紙がもともと保管されていたとされる場所や記載された内容、消印、封印手紙を作成した方法などを勘案すると堀口の直筆と見られると朝日新聞は伝えた。キム氏は「事件の細部(内容)や家族に関する技術などに照らしても、本人の真筆と見て間違いない」とし、「現役の外交官が任地で王妃殺害に直接関与したと伝える文面で、あらためて驚いた」と説明した。

「乙未事変」は1895年10月8日、日本軍出身の三浦五郎公使の主導で日本の刺客が景福宮を奇襲し、明城皇后を殺害して遺体に石油を振りかけて燃やした事件だ。
  • 毎日経済 | 東京=キム・ギュシク特派員
  • 入力 2021-11-16 17:36:13