トップ > テクノロジー > IT・科学 > 失敗を乗り越えて強小企業に飛躍したデイル精工

失敗を乗り越えて強小企業に飛躍したデイル精工

www.daeil114.co.kr 

  • 失敗を乗り越えて強小企業に飛躍したデイル精工
  • < パク・チュンボム代表が超音波医療機器部品組立工程を説明している >

これから何をしようか。従業員の給料も滞っているのに。1998年3月頃だ。デイル(DAEIL)精工のバク・チュンボム代表(57)は当時、工場にポツンと置かれた設備を見ながら深いため息だけをつき続けた。取引先から受け取った手形はすでに紙切れとなった。学業よりビジネスに大きな魅力を感じたパク代表は、高校を卒業してから肩越しに仕事を習い始めた。九老機械工具商店街で10年以上流通の仕事をしながら執拗に集めた元手資金で、1996年に夢のような自分の会社を立ち上げた。大宇自動車1次協力会社に自動車ホイールを加工して売る会社だった。

自分の会社ができた幸福感に浸ったのもつかの間。1年余り後にIMF通貨危機という試練を経験し、これまで積み重ねてきたものが一瞬にして消えてしまった。納品先が不渡りで倒産し、その影響は彼の会社にすぐに押し寄せてきた。結局、彼も不渡りを出して従業員をすべて手放さなければならなかった。事業は簡単ではなかった。

パク代表は「それまで、失敗ということを経験したことがなかったのに、自分のせいではなく外部要因により、会社の門を閉めなければならないという事実がとても悔しくて、逆にやる気が生まれた」とした。 彼は幸い、銀行などから借り入れをせず、10年間持続的に集めた資本を土台に再起に乗り出す余地があった。

彼は偶然、グローバル企業のゼネラル・エレクトリック(GE)で働いていた知人の紹介でGEヘルスケア、韓国支社を訪問することになった。そこで超音波診断機に入る部品を見て、彼はやってみるだけの価値がある思った。精密度がより高い自動車部品を生産した経験があるため、可能だと考えた。

彼はGEヘルスケア担当者に「超音波診断機に入るフレームを作ってみてもいいか」と尋ねた。すると担当者は、「それなら、サンプルを一つあげるから試作品を作ってみなさい」と言った。その後、パク代表が納品した試作品を入念に見たGEヘルスケア担当者がパク代表の会社に訪問すると連絡をした後、取引につながった。グローバル企業のGEヘルスケアとの契約は、このようにして始まった。これを契機に超音波診断機の骨格を成す核心フレームは、デイル精工の主力製品となった。

初注文量は100個余りに過ぎなかった。しかし、製品の精密度が優れ、納期を守るという信頼が高まり、現在デイル精工がGEに納品する量は年間売上高(前年308億ウォン)の3分の1を超えるレベルになった。グローバルメーカーに物量を供給してからは、一瀉千里だった。

2005年に韓国に上陸したまた別のグローバル会社「シーメンスヘルスケア」は、デイル精工を先に知って物量を供給してもらえるかという提案書を送ってきた。

デイル精工は、今ではGEヘルスケアとシーメンスヘルスケアはもちろん、サムスンメディスン、アルピニオンメディカルシステムなどの超音波診断機で有名な会社に製品を供給している会社として成長した。売上高の90%以上を輸出から得ている。
  • 毎日経済 キム・ジョンボム記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2015-02-11 04:01:03




      • facebook icon
      • twetter icon
      • RSSFeed icon
      • もっと! コリア