アーティ人力車、遅さの美学を楽しんでみて

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「人力車」といえば小説「運數の良い日」のキム・チョムジが頭に浮かぶ。自動車が多くなかった開化期にタクシーの代用として使われ、最近も発展途上国では交通手段の一つとして残っている。しかし、米国、ヨーロッパなど先進国で自転車と連結した人力車は発展に疲れた現代人たちが「遅さの美学」を楽しむための一つの遊び文化として定着した。人力車の「再発見」ということだ。

そんな遊び文化をソウルに移植中である者がいる。アーティ人力車のイ・インジェ代表(28)だ。彼が人力車と縁を結んだのは、2010年米国ボストンでの留学時代。大学卒業斑であった彼は、偶然自転車人力車を引くアルバイトを3カ月間するようになった。

夏でありキャンパスがきれいな時だった。好きだったガールフレンドが遊びに来たのだが、体が不便で車いすに乗らなけれなばならなかった。車で周ると学校をきちんと見物できなさそうで、自転車に車いすを結んで周るととても喜んだ」

大学を卒業し、韓国で外国系証券社に通いながら、人力車とは遠くなったようだった。しかしある日、会社の窓の外を見下ろすと見えるきれいな徳寿宮(トクスグン)石畳道にボストンの追憶が蘇った。

「『いま人力車があれば、出てあの人たちを乗せて周るのに』と思った。あの楽しかった経験を人々と共有したいと考えた」結局、証券社入社1年後に辞表を出し、人力車事業に飛び込んだ。人力車を作る工場を探したが、国内にはなかった。噂を便りに探したあげく、中国浙江省の鉄鋼都市永康を訪ねて行き、6台を注文した。最初は誰も見向きもしなかった。中小企業庁に創業資金を要請し、麗水エキスポ組織委員会を訪ね、観光客を乗せてみようと提案したが、度ごとに拒絶された。事業になるのかという反応だった。

それでも放棄しなかった。苑南洞に得た車庫で3カ月間宿食しながら創業を準備した。梨花女子大で教授の許可を受け、靑一点で「キャンパスCEO」講義を聴講もした。それだけ創業に対する確認があった。

「最初は友達と2台だけもってあちこち歩き回った。『面白いから乗ってみて』客引きもした。私たちがかわいそうに見えるのか、食堂の社長が飯をただでくれたりもした」。次第に口コミが広がりながら今では6台を全て運営中だ。大学生職員も17名採用した。料金はソウル市内ツアー1時間で2万ウォン、タクシーのように乗った時は基本料金5000ウォンでチップのみ受ける。

今年の売上目標は1億ウォン。人力車に広告を掲げて地域の祭りに参加すれば達成可能だという計算だ。5月内に保険に加入し、人力車も40台まで増やす計画だと。

「仕事をしながら韓国の人たちが情が多いということを新たに感じる。金を払って乗りながらも悪いと思うんですよ。ボストンでは全くそのようなことはなかった。私たちはベテランだから気の毒だと思わずに楽しんでと話すのが私の仕事だ」

最後に言いたいことを尋ねると「ヨロ(YORO)」という答えが返ってきた。「一度だけの人生(You Only Live Once)、楽しめ!」という意味だ。名門大としっかりした会社も放り出し、人力車を引く彼の顔を見ると余計な言葉ではないようだった。

■ He is…
△1985年生まれ △米国ウェズリアン大歴史学科2010年マッコーリー証券 △2012年7月アーティ人力車代表(現)
  • 毎日経済エコノミー_ノ・スンウク記者/ 写真 : リュ・ジュンヒ記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2013-05-13 09:16:31