Q.スポーツスター出身の芸能人を紹介してください(2)

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A. 芸能人になった土俵の征服者たち

日本の国技である相撲ほどではありませんが、一時は韓国でかなり人気を集めたスポーツがシルム(韓国相撲)です。

シルムは高句麗(コグリョ)の墓の壁画にも出てくるほど昔から韓半島に伝わってきたスポーツです。端午、中秋、正月など祝日には例外なく雄牛を商品に掲げたシルム大会が全国各地で開かれ武術よりはスポーツ、つまり一種の遊びに近かったのです。

韓国でシルムが人気を集め始めたのは1980年代に入ってからです。1983年4月、ソウル奨忠(チャンチュン)体育館で開かれた天下壮士(チョナジャンサ)シルム大会が国民スポーツとしての位置付けの始まりでした。シルムの人気が高すぎて天下壮士決勝戦の時は街中ががらんとなり夜9時のメインニュースがシルム中継放送に負けたりもしました。スポーツ分野ではプロ野球ぐらいだけがシルムに匹敵するほどでした。

イ・マンギ(李万基)、カン・ホドン(姜皓東)、チェ・ホンマン(崔洪万)はそのような土俵を平定した力士たちです。

天下壮士10回のタイトルを保有したイ・マンギはシルムを国民スポーツにした張本人と言っても過言ではありません。

  • 決勝戦で勝った後、歓呼するイ・マンギ



イ・マンギはプロ大会に生まれ変わった天下壮士大会が開かれる前までは無名の大学生選手でした。自分の階級でも優勝できず2位に止まりました。しかし体級の区別なく行われた天下壮士大会で「壮士」タイトルを獲得し文字通り彗星のごとく登場したスターになりました。

小学校から出場したシルム大会で一度も優勝したことのない選手が最高の記録を残したわけです。

軽量級選手出身なので駆使する技術が華麗である上、ぜい肉のない筋肉質の体つき、秀麗でありながら純真に見える外見、丁寧でマナーのある競技態度で当代の土俵、いやスポーツ全体の最高の人気スターになりました。「ダビデとゴリアテ」の対決に例えられた2メートル5センチの人間キ・ジュンギ(李鳳杰)、宿命のライバルであるイ・ジュンヒとの対決はプロ野球の決勝戦に劣らず視聴者をテレビの前に座らせました。

「イ・マンギを知らなければソウル大に入る*」という言葉は当時、彼の人気がどれほどだったかを想像させます。

*「歌手のチョー・ヨンピル(趙容弼)が誰かと聞いた司法試験合格者」、「H.O.Tとは何かと聞いた修学能力試験の満点者」の事例と比べると、イ・マンギの人気がチョー・ヨンピル、H.O.Tを上回ったり、それに匹敵する。

こんなに人気のある選手を放送界や広告の方で放っておくわけにもいきません。女優と浮名を流し特におばさんたちに人気が高いと女性の下着広告モデルにもキャスティングされました。強い力のシンボルのように思われ今も精力剤や、まあそんな広告モデルとして活動中です。

イ・マンギは土俵を去った後、様々なバラエティ番組で活動しました。2008年、MBCの『ヒザ打ち導師』で彼のふくらはぎが公開されたこともあります。

『ヒザ打ち導師』に出演した後、優れた外貌と口調でいろんな所からラブコールを受けました。イ・マンギは民俗シルムの命脈を受け継がなければならないという責任を感じたためか、シルムの広報のつもりでオファーがあれば遠慮なく放送に出演する方です。

40代に入ってからは国会議員になるために絶えず挑戦しましたが、その都度挫折しました。イ・マンギは妻に「20代には天下壮士、30代には大学教授、40代には国会議員になる」と約束しましたが最後の約束はまだ守っていないということです。

218センチ、160キロ。
チェ・ホンマンの前に立つと普通の巨体も子供たちのように見えるものです。

あまりにも図体が大きいので、彼の存在自体が見どころでした。土俵に出なかった大学時代から放送局からオファーが入ってきました。チェ・ホンマンは国民スポーツだったシルムの人気が衰え始めた当時、シルムに対するファンの記憶を守り抜いた最後の選手でした。すごい巨体で青色、黄色に染めた髪も目につきました。相手の選手を土俵に立たせたセレモニーで踊ったため「テクノゴリアテ」というニックネームも付けられました。

チェ・ホンマンはシルム選手として出場した当時からバラエティ番組に高い関心を示しました。土俵を離れて格闘技選手として過ごしながらもバラエティ番組の出演が多かったため格闘技ファンには良い印象を与えませんでした。しかもアルバムまで出して歌手も兼業することを考えたので格闘技の成績が良いはずがなかったのです。

厳密に言えば、チェ・ホンマンの歌はそれなりにうまいです。K-1ダイナマイト2006ではカン・スヒとデュエットで歌った自分の歌「美女と野獣」を流して入場し歌謡舞台で公演したこともあります。

しかし、あまりにもアンチが多いので韓国では芸能活動をやめました。
そして芸能舞台を日本に移しました。

巨体のチェ・ホンマンは可愛らしいものが好きで**女性に弱い姿を見せます。あるメディアとのインタビューでチェ・ホンマンは「僕は可愛らしいものが好きで街でそんな服が見えたら買って着せてあげる彼女がいた。クロスステッチキットが好きでプレゼントしたりもした スランプに陥り、あまり運動をしなかった時代があり一緒に食事をしていたら彼女が突然、食卓をひっくり返してしまった」と打ち明けたことがあります。

その彼女は「運動をしないで落ち込んでいるなら二度と会わない」と去りチェ・ホンマンは全身にキムチの汁とヤンニョムケジャンがついた状態でしばらく涙を流したそうです。

**2013年の『ヒザ打ち導師』出演当時、ハローキティグッズで埋め尽くされた部屋を見せながらオタクであることを知らせたことがあります。

チェ・ホンマンの父親と母親の身長は159センチ、兄は170センチで巨体ではありません。
こんな遺伝子からどうやって巨人が誕生したのでしょうか?

米国で診断を受けた脳下垂体腫瘍から噴き出した成長ホルモンのせいだという診断が正しいのでしょうか。ひょっとしたら背の低い人にはそれが朗報になるかもしれません。
  • Lim, Chul
  • 入力 2021-08-31 00:00:00

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