Q.韓国軍の軍事パレードはどのように行われますか?何かエピソードがあったら教えてください。

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A. 韓国軍の軍事行進の話を聞いて、すぐにカン・イソク(姜義錫、강의석)という名前が思い浮かびました。なぜかって?

下の写真を一度でも見たら、すぐに理解することができるでしょう。

下着すら身に着けずに、お菓子で作った模型小銃を持って、天馬対空装甲車に向かって「お菓子銃」をパンパンと撃つ、いや、お菓子銃を食べるパフォーマンスをしたのですから、正気の沙汰ではありません。2008年10月1日、韓国軍建軍60周年行事で起こった事件です。彼は前日、軍事パレードが予定されていたソウル江南区テヘラン路で全身に赤いペンキを塗り、「軍隊をなくすべきだ」とデモを行ったりもしました。

当然、軍や警察は緊張をしました。彼がどんな事をするかわからないため、軍警の力を相当使いましたが、カン・イソクはパレードが始まる12時間前に中央分離帯の植え込みの間に穴を掘って隠れ、タンクが通るタイミングで登場し、進路妨害をしました。頭が良い子ですよね。

彼はプロテスタント系の高校に在学中に「信じない自由をくれ」と闘争した人物です。韓国最難関と言われるソウル大学法学部に進学したのですから、実際に頭もよかったのでしょう。

後日、この事件について話したのですが「韓国人のすべてが戦争に狂って、殺傷武器に狂っているのではないということを積極的に見せるためだった」と明らかにしました。軍当局が報道が大きくなることを望まなかったうえ、次の日に女優チェ・ジンシルの自殺事件が起きたため、ほとんど報道がされず、埋もれてしまいました。

トラブルの多い彼が2013年の国軍の日に、またヌードデモを犯しました。その時はタンクの進路を塞いだりはしませんでしたが、戦争記念館の前で「韓国は戦争を記念する(Korea Celebrates the War)」と呼ばれるパンフレットで下半身を覆うデモを行いました。彼の表現「戦争を記念する」という意味を解釈するために、Facebookでは大騒動が起きました。

カン・イソクがまたすっぽんぽんに服を脱ぐことを心配したからでしょうか、今年の国軍の日には、大統領が参加するパレードはないそうです。中国軍の軍事パレードを見てきたばかりですから、ささやかな行事では比較されるばかりでしょうから、完全に軍事パレードをしないのも妙策と見ることができますね。

実際に金大中大統領が執権した後には、毎年開かれていた軍事パレードが大幅に縮小されました。パレードは5年に一回だけ行われます。主に大統領が就任した年に大規模な軍事パレードが行われるのですが、60周年、65周年など、5年単位で行われるため、5年の任期の大統領就任の時期と上手く合致するようです。

それまでは、毎年査閲と閲兵式を行った後、ソウル都心で行進をしました。汝矣島公園に変わる前の4万平方メートルの広大な広場で軍事パレードが行われていました。

  • < 汝矣島広場で開かれた「1997年 国軍の日」の軍事パレードの姿 >

汝矣島が公園に変わった後は、主に陸、海、空の3軍司令部がある忠南鶏龍台(ケリョンデ)で行事が開かれ、パレードが行われる年には蚕室総合運動場やソウル空港でメイン行事を行い、パレードに続くようになっています。 2008年には蚕室総合運動場、2013年にはソウル空港で行事が行われました。

  • < 2013年の65周年国軍の日、ソウル空港で開かれた軍事パレード >

2008年は、建軍60周年を迎える特別な行事だということで、蚕室運動場には多くの市民も同席しましたが、大小のハプニングが起きたりもしました。日差しの強い暑い日に緊張したまま立っていた空軍の兵士が、大統領の記念辞中に倒れたりもしました。最も大きな事故は下の写真で簡単に確認することができます。



全身サイズの盾を持ったサイバー戦士の服装の兵士たちが走ってきたのですが、隊列の真ん中で誰かが転びました。おそらく盾が走るのに邪魔になったからでしょう。隊列は崩れ、これを見守っていた市民は心配半分、がっかりな気持ち半分でため息をつきました。なぜがっかりしたのかって? それでも訓練を受けた兵士たち繰り広げる行事ではないですか。このようなミスはするべきではないでしょう。その後、隊列を合わせて行事を終えはしましたが、拾っていくことのできなかった破片が運動場の一角に乱暴に置かれていました。

このような事故と北朝鮮軍の足を高く持ち上げる軍事行進を比較すると、どこか人間的な面が垣間見えたりもしませんか。
  • Lim, Chul
  • 入力 2015-09-16 00:00:00

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