Q.韓国で一番有名だったトンジラルは何ですか?

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A. 19世紀、金鉱の開発で金持ちになったアメリカの富豪がイギリスの貴族と姻戚関係になりました。
結婚を控えてアメリカの富豪は邸宅をぐるっと取り囲んでクモを飼い始めました。
クモですか?
はい、クモ「人の口にクモの巣がかかるだろうか」(生き身に餌食)のことわざに出てくるクモです。
クモたちが生き残るためにしつこくクモの巣を張れば、家主はそこに金粉をぱっと撒きました。
ついに結婚式が開かれる日、お屋敷は黄金色に輝いていました。

昔話になってしまった話です。
言い換えれば、韓国でもっとも有名なトンジラル事件は、1983年の全斗煥(チョン・ドゥファン)政権時代に起きたチャン・ヨンジャとイ・チョルヒの金融詐欺事件です。

  • 拘束されるイ・チョルヒ&チャン・ヨンジャ夫妻



詐欺事件の展開過程もトンジラルで、そのように手にしたお金を使っていた経路もトンジラルの典型でした。

上の写真を見ると、チャン・ヨンジャの姿は尋常ではありません。実際に、相当な美貌の持ち主でした。 それに人脈もすごかったんです。チャン・ヨンジャの義理の父、イ·・ギュグァンは、大統領夫人であるイ・スンジャの叔父です。当時、野党指導者だった金大中(キム・デジュン)とも縁がありました。金大中が死別した最初の夫人チャ・ヨンエがチャン・ヨンジャの従姉妹のお姉さんでした。

夫のイ・チョルヒも中央情報部の創設要員で、次長まで歴任した第5共和国(全斗煥政権)の実力者の1人でした。

チャン・ヨンジャは事件が発生する前から莫大な財力家で、不動産と私債市場で大物として有名でした。上流階級の人々の中で大物と言えばすぐに思い浮かぶ人がチャン・ヨンジャだったそうです。軍人の妻時代、イ・スンジャがチャン・ヨンジャについて回りながら不動産投機をし、ヨンヒ洞の家を買ったという話も伝わっています。

最高権力者に近い美貌の財力家
誰が疑うでしょうか?

資金の圧迫に苦しむ建設会社の社長たちは、チャン・ヨンジャが差し出す手をぎゅっと握りました。
「特殊資金だから秘密にして」と渡す現金を受け取る代わりに2倍以上の約束手形を渡しました。後に倒産した共営土建は受け取ったお金の9倍に達する約束手形を渡したそうです。

チャン・ヨンジャはこのようにして手に入れたお金を銀行から割引してもらって現金化させたり、他の会社で同じことを繰り返しました。これを繰り返して受け取った手形総額は実に7111億ウォン。7111億ウォンの約束手形は6404億ウォンの現金になりました。第5共和国新軍部が第3共和国、第4共和国の代表的な不正蓄財者と目した10人の不正蓄財額の総額が853億ウォンでしたから、その規模は予想がつくでしょう。

第5共和国は、核心価値として「正義社会の実現」を掲げましたが、この事件で「正義社会とか言ってるよ」という流行語を生み出したりもしました。

詐欺事件をしながら夫婦は15か月間に49億ウォン程度を使ったそうです。計算すれば、1日に1089万ウォンを使ったことになる。 当時、ソウルの30坪のアパート価格は1000万ウォンにも満たなかったため、それこそ湯水のように金を使って回ったわけです。

チャン・ヨンジャは天主教から仏教に改宗した後、ポ・ガクヘン(普覚行)という法名を使っていたのですが、何を悟ったのかよくわかりません。お寺や各種仏教行事に巨額を寄付したりしました。

特に、各種の軍部隊の仏教行事にも欠かさず参加して巨額を寄付しましたが、これを不審に思った国軍保安司令部の保安処のチョン・ドヨン将軍は、この情報を入手し、各部隊に「チャン・ヨンジャに気をつけろ」というメッセージを送ったそうです。

チャン・ヨンジャ&イ・チョルヒ詐欺事件で「100年に1度、チャン家の女性が大事を成す」という言葉も生まれました。
16世紀初、燕山君(ヨンサングン)の後宮チャン・ノクスと17世紀の粛宗(スクチョン)の後宮チャン・オクチョンの系譜を、チャン・ヨンジャが継いだという意味でしょうか。
  • Lim, Chul
  • 入力 2020-03-25 00:00:00

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