Q.なぜ韓国は、こどもの日を5月5日にしましたか?

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A. そういえば、こどもの日が5月5日の国は韓国と日本しかない気もします。国が決めた祝日という点も同じです。

世界のこどもの日が5月5日だと考える人が少なくないですが、韓国と日本のほかに思い浮かぶ国はありません。

国際会議を経て制定されたこどもの日は6月1日です。
1925年スイスのジュネーヴ (Geneba)で開かれた「児童福祉のための世界会議」で制定された「こどもの日」がそうだという話です。

中国とロシア、ベトナム、リトアニア、スロベキア、チェコ、ポーランド、モンゴル、そして北朝鮮などがこの日をこどもの日として祝っています。主に旧共産主義陣営に属した国が、こどもの日を6月1日に決めたため共産主義陣営で作った記念日と誤解されるかもしれませんが、そうではありません。当時のジュネーヴで開かれた会議も、政治思想とは全く関係のない純粋に児童福祉のための会議でした。

その後、1954年に国連(UN)とユネスコが定めた「世界こどもの日」は11月20日です。もしかしたら共産陣営で6月1日を先取りしてしまったため、西欧世界が他の日を選んだのかもしれません。

とにかく韓国と日本のこどもの日は国際標準とは少し距離があるわけです。

こどもの日がUNが決めた日や他の国も結構多いほうです。イスラム諸国はイスラム暦で5月5日の7月4日をこどもの日とし、イスラム国家の中でトルコは国民議会が初めて開かれた4月23日を国権記念日及びこどもの日としています。

タイのこどもの日は1月第2週の土曜日なので毎年日付が変わります。そしてメキシコのこどもの日は4月30日ですが、法定休日ではないので小学校が短縮授業をする程度だそうです。

パラグアイのこどもの日は悲しい歴史を持っています。
一時、南米の強国だったパラグアイは、1865年から1870年までブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの三国と戦争をし、この過程で20万~30万人の軍人が戦死しました。当時のパラグアイの全男性の80%に近い数字でした。

戦闘に出る軍人を募集する術がなくなると、パラグアイ軍部は2万人の敵軍に対抗して、500人の軍人と共に3500人の子供を戦線に送り出したそうです。その中にはわずか6歳の子供もいたそうです。 戦闘に出た子供たちは皆戦死してしまいました。

惨憺たる歴史を忘れることができなかったパラグアイ国民は、独立記念日の翌日の8月16日をこどもの日としています。

  • 戦場に向かったパラグアイの幼い兵士



韓国で初めて決められたこどもの日は、5月5日ではなく5月1日でした。
韓国で児童福祉運動を展開した小波・方定煥(パン・ジョンファン)先生は、少年運動団体や新聞社の関係者たちが集まって議論を重ねた結果、5月1日をこどもの日に宣言しました。「新芽が出る」という意味が込められた日です。

5月1日は天道教の行事が開かれる日でもあり、メーデーも重なりました。そのため、より多くの人が行事に参加できるように1927年から5月第1日曜日に変えました。

1946年5月5日、徽文(ヒムン)中学校でこどもの日の行事が開かれましたが、この日は5月第1日曜日でした。(1927年に変更された基準に従ったもの)以降、日付が変わる不便を防ぐため、5月5日をこどもの日に決めたのです。

その後、こどもの日の行事が民間から官僚主導に変わりましたが、1973年には法定記念日、そして1975年からは法定休日に指定されました。

日本とこどもの日は同じですが、由来は少し違います。
端午の節句から法定祝日のこどもの日へとなった日本の歴史は皆さんご存知でしょうから、省略します。
  • Lim, Chul
  • 入力 2020-05-05 00:00:00

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