Q.韓国のクラブ文化について教えてください(中)

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A. 2014年末、ソウル江南(カンナム)のリバーサイドホテル「MOOL Nigny club」が閉店しました。
MOOL Nigny clubは1980~90年代当時、最高の人気を謳歌したコメディアンのイ・ジュイルと歌王として崇められたチョ・ヨンピルが公演した場所でした。

ナイトクラブがあった時代、リバーサイドホテルは享楽の真髄でした。
2階はキャバレー、3階はトルコ風呂、12~13階はお酒を飲んですぐホテルの客室へと移るという、いわゆる「フルサロン」が並びました。

2008年、競売にかけられたホテルを買収したガウプランはホテルを壊し複合ビルを建設する予定でしたが、ナイトクラブやルームサロン、ウェディングショップなどを経営するテナントの反発を受け、計画を遂行できませんでした。ホテル運営権をめぐる葛藤により警察と数百人のサービス業者が戦う映画の中で起きるような接戦が繰り広げられたそうです。

  • 出典:キム・ギジャのインディーズの中のバンドの話

MOOL Nigny clubの廃業は韓国の夜の文化が変わりつつあることを示す端的な例です。

韓国のクラブはナイトクラブ、感性クラブ(感性酒場:キャバクラ)、弘大(ホンデ)式公演クラブに分けられます。見分け方は簡単です。ナイトクラブは酒類と料理が出てきて踊ってショーを楽しみ、さらにウェイターたちが男女の客を結んでくれるブッキングサービスを提供します。

このようなブッキングサービスがないところを他のクラブと考えればいいです。クラブの中央で調理した料理をサービングしてくれるのが感性クラブです。



ナイトクラブではないクラブが韓国に初めて登場した時期は1980年代末、新村(シンチョン)大学街の一部の居酒屋でギターアンプとドラムセットを持って演奏する公演を披露し、同じ時期に第1世代のアンダーグラウンドバンドが登場しました。新村一帯の賃貸料が急上昇すると、ライブクラブが弘大に拠点を移しました。ライブクラブのおかげで弘益(ホンイク)大学街が活気を取り戻し、地価が明洞(ミョンドン)や江南(カンナム)に劣らず跳ね上がると、単に公演だけをするライブクラブは生き残れない状況になりました。

実際、芸能人が出演する代わりにDJが公演するクラブに、そしてテーブルを置いて食べ物と酒類を提供する感性クラブが現れました。

感性クラブは梨泰院(イテウォン)と江南に広がり、ブッキングサービスまで提供する方式へと変貌しました。ナイトクラブで予約を担当していたウェイター役を江南クラブではMDが担当します。MDが直接交渉しなくても、クラブでテーブルを予約して遊ぶならブッキングしやすいでしょう。

一部のクラブではテーブルを競売方式で売ったりもしますが、混雑する日にはテーブル1つを予約するのに数百万ウォンかかったりもします。競売方式を韓国クラブに広めた所がクラブアリーナです。
  • Lim, Chul
  • 入力 2020-05-13 00:00:00

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