Q.牛に関する韓国のことわざを教えてください

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A. 1970年代までは牛は農家の重要財産でした。
子牛を買ってきて立派に育てて田畑に送った初日の農夫の胸は喜びでいっぱいでした。

よく食べさせるために夜遅くまで、そして朝早く起きて秣を食べながらも幸せでした。
しかし牛よりも大切なものがありました。それは子どもです。

自分が学べなかった恨みを晴らすために子どもを必ず大学に行かせるためなら、その貴重な牛を売って子どもの大学授業料を払いました。最近は大学が多いため望めば大学卒業証書を取ることは難しくないですが、大学の数字を指で数えられる時代の大学は「知性の象牙の塔」として尊重されました。

牛を売ったお金で大学に通う子どもたちの気持ちも穏やかではないのは同じです。農業の季節にあちこち回りながら「牛を貸してくれ」と頼む親の姿が頭に浮かぶと、「象牙の塔」は「牛骨の塔」となります。当時、いくつかの私立大学で不正入学をさせた事件が発生し「牛骨の塔」という言葉が広まったこともあります。

農夫たちに牛は田畑を耕し荷を運ぶ車を引くことのほか、天気まで知らせる貴重な動物でした。

牛は強い風を正面から受けるのを嫌がり、風が強く吹く方にお尻を向ける習性があります。そのため「牛が尻を西に向けていると天気がよく、東に向けていると雨が降る」ということわざが生まれたのです。

韓半島で吹く西風は晴天を予告する高気圧の風で、雨風を伴った気圧の谷が接近する場合、東風から始まり反時計回りの方向に変わっていきます。つまり牛のお尻が風向計のような役割を果たしたわけです。

  • 出典 – 国立民俗博物館



「牛が群がっていると雨が降る」ということわざもあります。
牛は群れを成して草を食べると反芻をして1頭で遊ぶ習性があります。その後、雨が降ろうとすると怖くなって集まって群れを作ります。猛獣が睨む時に群れを作るようにです。雨が降って雷が鳴ると一度に数頭の牛が死ぬという惨状*が起きたりもします。

*落雷があると直接当たらなくても電流が感電する可能性がありますが、足の間の間隔が大きい四つ足の動物は感電死する可能性が高いです。

牛の習性とは関係ないのですが「五六月の夕立は牛の背を巡って争う」ということわざもあります。夏の夕立は牛の背中を境にして、雨を降らせるかどうかが分かれるほど局地的に発生するという意味です。

牛は人間にとって身近な動物であるだけに、牛に関することわざも少なくありません。

- 牛はあくびしか捨てる物がない。
- 牛は話さなくても12の徳がある。
- 牛は農家の先祖。
- 鶏を捕まえてもてなす客がいて、牛を捕まえてもてなす客がいる。
- 牛の骨まで後から油をかけて食べる。
- 牛を食べて町の人情を失う。
- 牛を盗まれてから牛小屋を直す。
- 針泥棒が牛泥棒になる。
- 牛も坂があってこそ擦る。
- 牛の角を引っ張ったなら一気に外せ:しっかりと刺さった牛の角を抜くためには、火で焼いたついでにやってしまわなければならないという意味。
- 針の穴から雄牛の風が入ってくる。
- 牛が後ずさりしてネズミを捕まえる。
- 遅い牛も怒ることがある。
- 悪い子牛のお尻に角が生える。
- 豚みたいに食べて牛みたいに働く:自分が食べた分だけ働くという意味
- 牛のように稼いでネズミのように食べなさい:一生懸命働いてお金を稼いでも質素な生活を送ってほしいという意味
- 牛の耳に念仏:いくら教えても聞き取れない。
- のろのろ歩いても牛歩:速度は遅くても充実していて頼もしい。
- 牛を鶏のように見る:お互いに関心がないまま見て見ぬふりをする。
- 牛は死んだ幽霊のようだ:雄牛に似ているだけで頑固だ。
- 畔に横になった牛:運がよくて生活が楽になる。
- 焼肉屋に入った牛:窮地を切り抜けられない立場。
- 牛が行くところに馬が行く:他人ができれば自分もできる。
- 牛が吠えそう:あまりにもとんでもない状況を比喩する言葉。

他に説明を付けていないことわざがいくつかありますが、その意味は簡単に理解できると思います。

最後に、本当にあっけないことわざを1つ紹介しましょう。非常に大きなことを犠牲にして少ない利益を得ようとする時に使う言葉です。

- 牛を売って牛肉を食べる。
  • Lim, Chul
  • 入力 2021-01-08 00:00:00

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