Q.世界初のスチュワーデスが看護師だったんですか?

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A. 新型コロナウイルスの影響で一番打撃を受けた業種の一つが旅行業界でしょう。自国内の旅行も難しい状況で海外旅行は完全に中断された状態なので従事者たちが直面した苦難は言葉では言い表せないでしょう。

航空会社の立場も同じです。飛行機が飛ばないため売上がほぼゼロに近い状態で人件費と航空リース費用、保険料、顧客に対するマイレージサービスなどは固定的に出るのですから耐えられません。結局、職員の半分ほどが強制的に無職や休職に追い込まれています。
女性たちが憧れるスチュワーデスもアルバイトをしなければならない状況です。

* かつては男性乗務員はスチュワード(steward)、女性乗務員はスチュワーデス(Stewardess)と呼ばれていましたが21世紀以降は性的中立的な表現であるフライトアテンダント(flightattendant)、またはキャビンクルー(cabin crew)と呼ばれています。

世界初のスチュワーデスは看護師でした。
何を言ってるんですかって?
映画を見るとウェイターの服装をした男性乗務員だけがいっぱい登場するのに看護師ですか?

『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』をご覧になったようですね。

映画に登場するのは、ものすごい飛行船です。

そして給仕をする人は看護師のように見えない男性です。飛行船に乗り給仕や機内の保安を担当していた航空乗務員は全員男性でした。世界で初めて商業運行を始めたドイツの航空会社DELAGの飛行船ツェッペリンの乗務員だったハインリヒ・クービスが最初の客室乗務員だったという記録があります。

映画のように飛行船は格好よく見えますが頻繁な火災事故で人々が忌避し現在の航空機に変わりました。1937年、米国で火災事故を起こしたドイツの飛行船ヒンデンブルク号にハインリヒ・クービスも首席事務長として搭乗していましたが辛うじて脱出して成功し一命をとりとめました。

  • 火災事故が発生した飛行船ヒンデンブルク号


旅客機の客室乗務員も初期は全員男性でした。1928年、一番最初に客室係を採用したルフトハンザの客室乗務員も男性でした。ヨーロッパ社会で伝統的に高級サービスは男性が担うという認識のためだったのでしょう。ハインリヒ・クービスもイギリスの高級ホテルで働いた経歴があります。

世界で初めて航空機の客室乗務員として採用された女性は、アメリカ・アイオワ州出身の看護師、エレン・チャーチ(Ellen Church)**です。

** 米国アイオワ州クレスコ市には彼女の名前にちなんだエレン・チャーチ・フィールド空港があります。

パイロットが夢だった25歳の猛烈な女性は教育まで終えてボーイングエアトランスポート(Boeing Air Transport、元ユナイテッド航空)のパイロットに志願したが採用されませんでした。しかし、エレン・チャーチは諦めずに「看護師が飛行機に搭乗すれば乗客の恐怖を減らすのに役立つ」と航空会社を説得し結局「1、2回の飛行をした後、乗客の反応を見て判断する」という条件付きで承諾を得ました。

1930年5月15日、オークランド発シャイアン行き航空機に搭乗し乗客10人を担当したエラン・チャーチの初飛行は大成功でした。お陰で彼女は7人の客室乗務員を追加募集する権限まで得ることになりました。

  • 乗客を迎えるボーイング社のスチュワーデス



彼女たちは搭乗券を確認し非常装備の使い方を知らせるクルーのほかにも飛行中の飲み物やサンドイッチのサービスを行い爆発的な人気を集めました。同じ路線でボーイング社の航空券が売り切れた後に別の航空会社の座席が売れ始めました。

しかもボーイング社は引き返し率でも他の航空会社に比べて著しく低い成果を挙げました。当時、旅客機の与圧システム***の性能があまりよくなかったのです。離着陸中に耳の痛みを訴え飛行中に患者が発生して回航することもしばしばありました。看護師出身のスチュワーデスの応急処置で症状が軽い患者を扱うようになり回航率も下げられるようになったのです。

***空気圧力を高めて地上に近い気圧状態を維持することです。

ですから競合している航空会社もスチュワーデスの採用を見送るわけにはいかなくなりました。それからわずか2年で米国内の約20の航空会社がすべてスチュワーデスを雇用して欧州に渡りスチュワーデスが航空機の花として浮上しました。

1930年代当時のスチュワーデスの採用条件は25歳以下の独身でした。身長は162センチ以下、体重は52キロ以下でした。体重はそうだとしても身長は今日とは正反対です。当時、飛行機が大きくなく狭く低い廊下を行き来しなければならなかったからです。もちろん看護師免許証は必須でした。

今もそうですが当時もスチュワーデスとして採用されるのは容易ではありませんでした。1935年12月、43人のスチュワーデスの募集に2千人を超える志願者が殺到しました。

当時のスチュワーデスの任務はかなり多かったです。乗客の搭乗手続き、手荷物の重量チェックは基本で給油にパイロットと一緒に飛行機を格納庫に入れることもしたそうです。大変ではありますが悪くない報酬に何よりただで(?)世界を旅行する魅力があるため羨望の職業になったのでしょう。

当時のスチュワーデスの定番は白いガウンに白い帽子。看護師から由来していることがはっきりしているように見えます。しかし第二次世界大戦が終わった後、軍服を変形させ女性ならではの着こなしを生かした制服がしばらくの間流行し現在は各国の文化の伝統、航空会社の特性を持つ実用的なユニフォームとなりました。

余談ですが、最初の客室乗務員だったエレン・チャーチは長く勤務することができませんでした。交通事故で18か月で乗務員生活を終えました。その後、彼女は看護師として復帰し第二次世界大戦が勃発すると、アメリカの看護師部隊の隊長として参戦したそうです。
  • Lim, Chul
  • 入力 2021-01-15 00:00:00

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