それでもオリンピックは続く…希望のメッセージ投げかけた開会式


  • 写真=ハン・ジュヨン記者


23日午後8時、東京・新宿の国立競技場。 1年延期の末に開かれた第32回東京夏季五輪は694の花火と一緒に幕が上がった。コロナ19時代の混乱の中、オリンピックという情熱の扉を開いた。

開会のカウントダウン後にスタジアムの屋根から打ち上げられた花火は東京の空を色とりどりできた。しかしコロナ19の拡散でじっくりと進められ、公演も華やかさと壮大さとは距離が遠かった。開始とともに公開されたビデオ映像は、視聴者の注目をひきつけた。幾何学的な形の黒い黒板が描かれて、続いて開会式の場所である国立競技場に変わった。

この日の開会式イベントは「感動で私たちは一つになる(United by Emotion)」というテーマで開かれた。小主題の一つである「離れているが、独りではない」というスローガンで、女子選手が暗闇の中を走っていた。世界のあちこちで一人で汗を流す選手たちなど後の影が一つの種で、発芽して新芽に育つ。 「ここで私達は一緒に」「いまや輝く時間」「私たちの行く道に映る希望」など、人類の明るい未来を強調する公演が続いた。

公演は徳仁日王とトーマス・バッハ国際オリンピック委員会(IOC)委員長が開会式場で見守り、潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長も席を共にした。開会式のショーの開始は、日本女子ボクシング国家代表の津端ありさ選手が引き受けた。津端選手たちはスタジアムの真ん中でサイクリングマシンに乗ってオリンピックのために流した汗と努力を象徴的に見せてくれた。

日本が誇るビデオゲームと漫画文化で会式を満たした。選手団の入場曲には日本が製作し有名になったゲームのバックグラウンドミュージックが鳴り響いた。それぞれの国の名前を紹介するプラカードは、漫画の吹き出しの形をかたどった。選手団を歓迎するボランティアの衣装も、漫画に出てくる陰影が模様で描かれていた。

今回のイベントでは日本国家「君が代」の斉唱が眉をひそめさせた。天皇の支配が子々孫々続くことを望む歌詞を盛り込んだこの曲は、日本の強占期に当時の植民地朝鮮に暗唱を強要した歌でもある。

公演直後に開会式のハイライトである選手団の入場が続いた。 205の国と難民チームを合わせ、計206チームが競技場を行進した。順序は近代オリンピックが初めて開かれたギリシアが最初に紹介されて、難民代表(EOR)が五輪旗を持って続いた。 11カ国出身の29人で構成された今回の難民チーム選手団は、2016年のリオデジャネイロオリンピック当時の10人よりも規模が3倍に増えた。 5年前の大会よりも国際情勢が混乱したことを示している。

大韓民国代表チームはこの日、103番目に入場した。旗手は「バレーボール女帝」キム・ヨンギョン選手と水泳でメダルに挑戦するファン・ソヌ選手が引き受けた。開催国の日本選手団が最後に入場した。八村塁選手(バスケットボール)と須崎優衣選手(レスリング)が旗手の役割を務めた。須崎選手は2017年と2018年の世界レスリング選手権女子フリースタイル50㎏の勝者として、今回の五輪でもメダル獲得の可能性が高い選手として注目されている。

選手団の立場では、異色の場面がよく演出された。英国の調整代表選手でありイスラム教徒であるモハメド・スビヒ選手が「ユニオンジェク」を掲げた。スビヒ選手はイギリスの国旗を持ってオリンピックの旗手となった最初のイスラム教徒として記録された。オーストラリアでは先住民出身の初のプロバスケットボール選手パトリック・サミー・ミルズが、アルゼンチンとキプロスでは性少数者が各国の代表の顔として先頭に立った。

2018年平昌冬季オリンピックの厳しい冬の中に上半身を露出させた伝統衣装で話題を集めた「トンガのキン肉マン」は、東京にも上陸した。トンガのテコンドー代表ピッタ・タウファトフア選手はオリンピックと2018平昌冬季オリンピックに続き、今回の大会でも開会式の旗手として登場した。

ただしこの日の開会式は無観衆で開催されたせいで、どうしようもない空虚さが募った。選手の入場ごとにあるべき観客の歓声がなかったし、選手たちは空の客席に向かって手を振ってぎこちなさを隠せなかった。開会式が行われたオリンピックスタジアムは今回の大会関係のポリシーに基づいて、それぞれの国のトップクラスの人士と内外の貴賓客、取材陣など950人だけが入場した。 6万8000人を収容するオリンピックスタジアムの客席はがらんと空いたままで、競技場の外ではオリンピックに反対する人々がデモを行ったりもした。東京オリンピックは開幕当日まで、日本国民に愛されなかった大会となったわけだ。
  • 毎日経済 | カン・ヨンウン記者/リュ・ヨンウク記者
  • 入力 2021-07-24 02:38:52