アンドレキムアトゥリエ、キム・ジュンド代表

シャネルのような名品ブランドを作りたいです 

  • < 1981年生/韓国外国語大仏語仏文学科/2010年 アンドレキムアトゥリエ代表理事(現)>

白いドレス、派手な金色模様、トレードマークの白い服を着て華やか華やかに笑っている写真…

ソウル新沙洞にあるアンドレキムアトゥリエは以前の姿そのままだった。不在なのは韓国を代表した世界的なデザイナー、アンドレキムだけ。彼が去る2010年、享年74歳でこの世を去った当時のデザイナーブランドが創業主の死後にも事業を続けていくことができるか疑問が続いた。杞憂は一時。デザイナーアンドレキムは去ったが、彼のブランドは堅い。息子のキム・ジュンド代表(34)が家業を受け継いだおかげだ。

「父は海外ファッションショーを準備し旺盛に活動されていた中で、突然亡くなられました。当時大学院に通いながら事務所に通い、少しずつ仕事を覚えている最中でした。そんな中で葬儀を執り行い、どっと家業を受け継がなければならず、目の前が真っ暗になりましたね。しかし気持ちを引き締めました。シャネルも創業者の死後カール・ラガーフェルドを首席デザイナーを迎え入れて革新を加えて今も最高のブランドを維持しているではないですか。私がアンドレキムブランドをそのように作るべきだと考えました。」

現在アンドレキムブランドの事業は大きく2種類に分けられる。燕尾服、バーティー服などオーダーメイド服の事業は故人の遺志をついで、キム・ジュンド代表が直接陣頭指揮をとる。記者が訪れた日は年末だからか、顧客の注文が押して事務所が生きいきと回っていた。キム代表は「中国の顧客達が噂を聞いて訪ねてきて、三四着づつ買って行く場合も多い。一度に1000万ウォン程度を買っていくこともあった。」と耳打ちした。デザイナーの生前、数十年呼吸を一緒にて来た役職員たちがいたから可能なことだそうだ。

それ以外はすべてライセンス事業だ。街のショップ、ホームショッピングなどで接するアンドレキムゴルフウェア、ランジェリー、メガネ、壁紙、陶器などがそうだ。ライセンス事業は最初は順調なものではなかった。もう少し大衆的に近付くために始めた事業であったが、一部の協力会社がアンドレキムブランドでお金を稼ごうと蛸足式で拡張を指導して、そうし会社が難しくなると投売り販売をしながらアンドレキムのイメージさえ傷つけた。この過程でキム代表はブランド管理の重要性に目を覚ました。

「今年の中盤頃、タオルと傘が新しく発売されます。加えて中国でも事業提携依頼をしてきたりもします。原則は故人の名声に符合されたシナジー効果があること、事業計画と資金力が確実であること、知的財産権と事業範囲に対する認識が明確であることなどです。試行錯誤を経て作られた原則ですね」

中国の顧客は一日で千万ウォンほど買っていくことも


新年、キム代表はより多様な試みを行ってみる計画だ。「これまでアンドレキムというブランドが、ある階層と年代に局限されていたのは事実です。今は若い層、もう少し大衆に近づき、しかし気品あるブランドにする計画です。父親が活動されていたとき、中国に深い関心を盛っていらっしゃっていたので、それでなのか中国で顧客様たちが多く訪れにいらっしゃいます。中国進出はもちろん、今まで関心を見せるアラブ圏、ベトナムなどアジア市場の進出も試みるつもりです。機会があれば父親の名前で財団と教育アカデミーも考えていまして。このような過程を通してアンドレキムを韓国を代表するトータルファッションブランドを作ることが私の夢です」
  • 毎経エコノミー_パク・スホ記者/写真:ユン・ガンシク記者
  • 入力 2014-01-13 09:07:40