イ・ユイル双龍自動車社長…3年めで黒字

「壊れた会社生かすのが任務」社債950億を来月末に償還/社名を変えて新車投入 

「昨年、第2四半期から対応が急に変わったんですよ。それまではインドで開催される、全世界の社長団会議に出席するのは負担でした。予想よりも早く黒字が出始めてから、大株主のマヒンドラでも驚いたという視線でした」。

双竜(サンヨン)自動車が変わった。スポーツ・ユーティリティ・ビークル(SUV)ブームで、昨年は14万5649台を販売した。前年より20%以上増加した。昨年の売上高は3兆4000億から3兆5000億ウォンと予想される。2兆8638億ウォンだった前年に比べ、大幅に改善された。黒字転換も期待できるようになった。すでに昨年の第2四半期に企業回生手続き(法廷管理)以来さいしょの黒字を出し、第3四半期も営業利益はプラスを記録した。

最近会ったイ・ユイル(李裕一)社長の声も一層力がこもっていた。李社長は2009年に法定管理人として双龍自動車に合流して以来6年め、双龍自を導いている。

「3~4年間、従業員が苦労したけれど、このようにすぐにターンアラウンドしたのは鼓舞的でしょう。従業員もいまや‘われわれも慢性赤字から脱皮できるんだな’ということを悟ったのです。それが大きな成果でしょう」。

双竜自動車は2011年2月、マヒンドラが買収したときに買い取った社債を、来月末までにすべて償還することにした。実質的にすべての負債を払い落とすわけだ。当時、マヒンドラは総買収額5225億ウォンのうち4271億ウォンは現金で出し、954億ウォンは双龍社債を買収することで充当した。2月末には満期になる。現在7%の金利がロールオーバー(満期延長)時は、インド政府の関係会社支援規定に基づいて10%以上に膨らむ。李社長は「内部留保金がゆったりし、この機会に950億ウォンをすべて償還することにした」とし、「資金が必要なら、これからは国内でローンを起こしてもかまわない」と語った。

完璧なターンアラウンドだ。追加資金の必要性も李社長は手をふってさえぎる。今後2年間は現金が十分であると確信している。今年の双竜自動車販売目標は16万台。内需6万9000台、輸出10万1000台。

李社長は、「国外ではロシアの比重が最も大きく、西ヨーロッパでも最近は生き返り始めたので期待している」とし、「中国では昨年7000台売ったが、今年は2万台まで展望している」と語った。もちろん心配がないわけではない。最近の、ボーナスを通常賃金に含めなければならないという最高裁の判決で、双龍車にも警報が鳴った。

「ざっと計算しても、今後年間670億ウォンが追加で必要です。3年分の遡及分を加えると2000億ウォンほどになる。年間人件費対比で45%に達する金額です。どう事業しましょうか」。

相対的に人件費の負担が大きい双龍自動車だ。今まさに伸びはじめた双龍自の境遇では負担になるしかない。双竜自平沢(ピョンテク)工場の生産能力は24万台レベル。いまだに8万台レベルの設備が遊んでいるわけだ。しかし昨年復職した無給休職者450人余りとは別途に、追加復職対象である2009年の法定管理当時の希望退職者が1600人に達する。現在、希望退職者のうちから復職対象者を選別するためのタスクフォースを稼動している。李社長は、「希望退職者の大半が賃金水準が高い労働力なので、補充して生産量を増やすのがいいのか、今の人力で最大に生産することが会社の収入に役立つかどうか検討している」と語った。

来年から施行が予告された低炭素負担金制度も足元についた火だ。李社長は、「双竜自はSUV中心なので車が重くて燃費の面で不利だ」とし、「個々の会社の特性を考慮し、政府が緩急を調節してくれれば」と強調した。

いったん双竜自動車は製品ポートフォリオを大幅に修正して、対応に乗り出した。すでに軽商用車とディーゼルセダンの開発作業を進めており、中・長期的にハイブリッド車や電気自動車の開発にも乗り出す。2つの節目をこえると、双竜自は実績に翼をつける。さらに双竜自動車は、今年は再生「元年」を迎えた。社名とエンブレムを変える計画だ。1988年から現在の社名を使ってきたので、26年ぶりに生まれ変わるわけだ。

「双龍から始めたが大宇(テウ)、上海自、マヒンドラでもう何回目か、所有者が変わりました。新しい出発を宣言するという意味で社名を変える計画です。近いうちに国民公募を始めるでしょう」。

コランドCが双龍自の復活につながったなら、今年発売される小型SUVX-100は双龍自の疾走を担う野心作だ。

「壊れた会社を生かしていくという使命感一つで働いています。そうしたら、若者たちのように情熱も生じますねえ。従業員たちにもいつも言っています。いまあなたの子孫にまで譲る、滅びない会社を作ろうとね」。

■ He is...
△1943年ソウル生まれ、△延世大法学部卒業、△1983年、現代自動車総務部長、△現代自動車の米国現地法人(HMA)支社長、△現代自動車の海外部門社長、△1999年、現代産業開発プラント事業本部社長、△2001年、現代産業開発海外担当社長、△2007年ホテルアイパーク代表取締役副会長、△2009年に双竜自共同管理人選任、△2011年に双竜車代表取締役社長
  • 毎日経済_チェ・スファン記者/イム・ソンヒョン記者/写真_パク・サンソン記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2014-01-12 17:25:35