若い血の輸血を受ける在来市場


より多く年俸を稼いで、より良い会社に入るために、今日も鷺梁津の読書室は学生たちで混み合っている。そんな中に、就職の代わりに「市場」と「路地」にUターンした青年たちがいる。彼らは社会の尺度と負担に押さえつけられる代わりに「適当に稼いで楽しく暮らそう」と不敵なスローガンを立てている。

適当に稼いで楽しく暮らそう…全州南部市場のリアル・ニュータウン「青年モール」


ある退屈な平日の夕方、私のチャンネル・ザッピングを止めさせたのはあるドキュメンタリー番組に登場した「適当に稼いで楽しく暮らそう」という文句だった。高い年俸と安定した職場のために跳躍しても足りないこの時期に「適当に稼ごう」とはなんて気楽なスローガンだろう…。100年の歴史を持つ全州市の南部市場は「製パン王キム・タック」の背景になった所として、いっとき全羅道で一番大きい市が開かれた場所だ。「適当に稼いで楽しく暮らそう」をキャッチフレーズにした「青年モール」は2011年、文化観光部の「文伝成市(文化を通じた伝統市場活性化試験事業) 」をきっかけにして土台を形成し、去年5月に10店ほどの店舗で具体的な形を整えた。「マポ市場を生かそう運動」の一環として青年モール入居者を公募したところ、2階に「虎の屋穀潰し」「スンジャさん、ごはんちょうだい」「触れば買わなければなりません」など可愛らしい異色の店が入居し、ついこのあいだは23歳の社長が運営する書店「宇宙たまご」が入居した。

「青年モール」が話題になると若者達が市場に帰って来た。公演の日の夜店には10から20代の若者があふれる。青年モールを企画した社会的企業「イウム」の政策企画課イ・スンミ氏は「既存の一階商店街(飲食店が主)は10~15%くらいの売上げ上昇を見せているし、市場内への青年層の流入率が30%(2012)年)以上増加した」とし、「このような定量的な成果とともに、既存商店の(顧客の通行を円滑にするための)”黄色い線守り”、若い層に合わせた販売アイテムの変化などの定性的な成果も現われている」とした。

在来市場で始まった青年CEOの夢…ソウル市・クムチョンギョ(錦川橋)市場の青年商人


上の写真は錦川橋市場の一坪店にはじまり今ではソウル全域に「寺院前カフェ・友」、「情熱じゃがいも」、「情熱串」など4つの店を開いた「青年商人」の実習生公募だ。バイトや実習生では実体経済を体験しにくい。青年商人の採用過程である「二週間商売体験プロジェクト」は、一言でいうと青年商人と一緒に二週間のあいだ食べて寝て商売を体験することができるプログラムだ。

実習生たちは二週間のあいだ休みなしに売場管理とサービス、ストックコントロールや発注、そして材料購入など商売の基本的なプロセスを学ぶ。彼らのなかから正式メンバーに採用された人も多い。市場文化企画者だったキム・ヨンソク代表と「チョンガンネ・ヤチェカゲ」の最年少店長出身のキム・ユンギュ代表など、20代の青年5人が作った企業「青年商人」は「文化を接ぎ木した商売」「スペックではない経験」に注目する。

商売をしつつ「まわりに役立とう」という所信から、市場の路地を通る誰にでもさっそうとあいさつをする一方で、禿山(トクサン)洞南門市場では「市場をはたこうキャッシュモブ」運動を行い、冬には夜明けまで商店街周辺の雪を片付けたり近隣商店の煙突掃除まで行った。彼らが去年10月、錦川橋市場に構えた「じゃがいもてんぷら+クリームビール」専門店の「情熱じゃがいも」が大当りした理由は、比較的チープな価格と流動人口が多かったからだ。そして、ユニホームに「大きくなるやつ、何をしても良いやつ」「じゃがいもが良い?私が良い?」「ハンサムで申しわけありません」と書いたファン・マーケティング、会社でいつ切られるか悩む代わりに「本当の自分の仕事」をさがす覇気、地域社会全体がよりよく暮すことができる方法を考えているからではないだろうか?

CSI :おかず特攻隊 洪城伝統市場キャッシュモブ


2012年11月に洪城伝統市場一円で行われた「CSI:おかず特攻隊 - 洪城伝統市場編」は当地の青雲大学の学生たちと一緒に行った一種のキャッシュモブで、若者たちと市場商人たちの疎通の場を用意するために開かれた。洪城伝統市場キャッシュモブの場合、一日2万ウォン内外のお金で市場物品を消費して、SNS など多様な方法で市場に対する関心を増大させた。指令書や確認スタンプ、市場地図、ペン、前掛け、市場かご、レシピを持った学生たちが洪城伝統市場の市場をひと回りして、あらかじめ選定した店で市場商人とのクイズミッションを通じて食べ物レシピを獲得する。市場で素材を買って市場の舎廊房(サランバン)「文伝成市」前でおかずを作って品評会を行い、食べ物ロードマップを完成するという過程だった。行事に対する若者たちの関心は熱かった。肌寒い気候だったが、チームを組んだ学生たちは不慣れなようすで買い物をし、そして料理を用意して商人たちと豊富な市場経験を得た。

「キャッシュモブ」とは?:集まったが消えるフラッシュモブの一形態。SNSチャンネルを通じてネットワークを結んだ人々が同じ店に現われて買い物を行い、地域または商店の活性化を大衆参加で行う社会貢献活動のひとつ。

20代が中心の商人DJの「見えるラジオ」/水原、モッコル市場



正祖大王(1752~1800)が作った大きな釘があったという水原のモックル市場のまんなかに「モッコル休憩場」がある。その中に優雅にたたずむラジオ・スタジオは20代の商人たちが直接作る国内最初の市場ラジオ放送「モッコル・オンエア」が電波に乗る場所だ。キム・スンイル(アドゥルネ蒸しパン経営、モッコル番人)、イ・チュンファン(莞島商会経営、イPD)、キム・ドグォン(モッコルスンデ経営、釜蓋キム)、リュ・ヂョンヒ(白馬電気経営、キルチョギ)、イ・ハナ(鐘路もち屋経営、餠ハナ)など5人のスタッフが「見えるラジオ」を通じ、市場の人々の話を聞かせながら活気に満ちた市場文化を形成する。

また、女性商人たちで構成された「ヂュンマプルピョン合唱団」も生活の中の小さな不平不満を歌に乗せ、ウィットを利かせながら解き明かす。伝統市場と商店街活性化事業を展開している(株)市場と人々のキム・スンイル代表は「モッコル市場は代表的な文伝成市の大当り市場」とし、「文伝成市事業以後、売上げは30~50%以上増加したし、流入人口は100%以上に増加した」と明らかにした。店鋪当たり平均従業員数がいままで2人だったところが文伝成市以降は3~4人に増えたし、これと共に施設の現代化も一緒に行われたという。

在来市場でははじめて割引販売イベントを行い、マートのように謝恩品共同クーポンを売り出したモッコル市場は、これ以外にも「モッコル記者団」や「スポーツダンス」、「POPサークル」や「モッコルバンド」など、多様な文化事業を展開する。キム代表は 「モッコルオンエア」の場合20代~50代、モッコルバンドは30代~50代、モッコル記者団は30~50代と、100%商人中心のコミュニティで運営されている」と明らかにした。非営利文化団体として市場外部の文化財団やその他の公募事業を通じてサークル事業を展開し、現在は会費を通じて運営されている。政府支援の終わった現在は商人会で講師費の一部と楽器入れ替え費用など、サークル支援を行っている状況だ。

市場のアート、新堂… 中央市場の「黄鶴洞別曲」


新堂中央市場の地下は少し前では刺身屋だけがいくつかあるだけの、廃れた商店街に近かった。この地下空間を芸術創作室に変えた「新堂創作アーケード」は去る2009年、作業空間の不足した工芸作家たちが集まって来て創作空間として構えた場所だ。地下の捨てられた廃店鋪は工芸作家たちのアトリエとして生まれ変わり、まいとし市場の商人らとともに伝統市場活性化のための地域祭り「黄鶴洞別曲」も開いている。

去る 5月、新堂創作アーケードが集めた商人100人の話を大型のカリグラフィー作品として展示した「黄鶴洞別曲」 開幕式で、商人らはカリグラフィーを持って市場発展を祈った。現在、新堂創作アーケードの作家たちは「生産-販売-流通」につながる生産ライン不在と、流通窓口の不足を打開する活路をうがつために協同組合形態を考慮している(10月予定)。

「黄鶴洞別曲」が開かれる10月に入居作家生産者協同組合の発起人総会を開く計画。空間がない芸術家たちと客がいない市場商人らがお互いにWin-Winを得ようという結論から導き出された行事だと言える。文伝成市プロジェクトの支援を得た当時、多くの文化行事を活発に展開して1~2年の間は輝いたが、現在は支援費不足で大部分の行事が中断された状態だ。商人らと市場担当者たちは行事を続けたいが直接支援が無くなり、また行事を始めた当時ほどには訪問者も多くなく、困難を経験していることは事実。耳目を引くためのマーケティングの代わりに持続的な支援を通じ、こつこつと客を誘致する方案を必要とする理由だ。

「青年モールは一生持ち続けることができるスペックをつむ所」

全州南部市場に若い血を輸血…青年モール「キム班長」/ザ・フライング・ペン代表キム・ウノン氏


●ドキュメンタリー放送に出て以後、多くの人々が訪ねてくると聞きました。
キム:カメラを持った学生たちが多くなりましたよ。いまだに休みや休暇シーズンにはたくさん訪ねていらっしゃいます。

●市場商人たちが競争相手として認識しないんですか?
キム:まだ観光客の急増が売り上げ増加としてあまりつながらないけど、若い人々がたくさん歩き回ると好評です。品目が違って競争相手と言うには無理があって、ちょっと前から「商人大学」を通じてもう少し深い交流をしています。

●ソウルで中華料理師として働いていたところ、南部市場青年モールの入居者公募に参加したきっかけを知りたいのですが?
キム:鳥肉食品会社に勤務して開発業務を行っていたところ、自然にレシピが集まりました。それを土台にして事業計画書を書いたり…創業したい気持ちを知っていた妻が入居者募集を教えてくれて参加することになりました。現在、青年モールで炒め物料理のテイクアウト専門店を経営しています。

●班長として選ばれましたが、青年モールでは主にどんな仕事をなさるんですか?
キム:当時、いちばん年長だという理由だけで選ばれました(笑い)。一週間に一度ずつ会議を開き、青年モールで起こる多様なことを助けたり忠告する役目ぐらいです。すてる家具を活用した売場インテリアや溶接、故障した所を直すことを手伝ったりしますが、このごろはみんな腕前が上がって、ハハ。

●現在、青年モールの現況はどうですか?
キム:初めは12店舗でしたが今は20店舗が経営されています。商人らが倉庫として使っていた2階屋上を活用し、「リアルニュータウン」を作りました。初期の収入は言うのがきまり悪いほどだし、今も収入はあまり多くはないです。ただ生活費くらいは持って帰れます。

●青年社長たちの紹介をお願いします。
キム:大企業で勤務したがカフェを経営する社長、法科出身のカクテルバー社長、リュックサックひとつで旅行していたが全州が気に入り青年モールに定着したボードゲーム店「カッチノルダカゲ」社長など一人店鋪が大部分です。20代なかばから30代前半の、多様で個性の溢れる方々が集まって青年モールを盛り立てています。毎週火曜日の会議に集まって、青年モール運営の全般的なことを一緒に議論して決めます。

●いまは「文伝成市」事業が中断されたと聞きました。
キム:1年間出た賃貸料が中断されました。いまは商人会からも多くの助けを借りているし、青年モールじたいも協同組合設立などを通じて自立しようと努力しています。

●青年モールの成功秘訣は何でしょうか?
キム:そうですね、まだ成功したと思わないです。国家政策の中に青年就業問題と伝統市場を生かすという2つの政策をいっしょに解決する考えができて、多くの方々が関心を持って見まもり手伝ってくれるからここまで率いて来ることができたのではないかと思います。

●会社員から伝統市場の自営業者に転身したことに満足しますか?
キム:新しい生活に満足できなかったら、すべてのことをやめてまた職場生活をしています。何より私がやりたかった事をしているので、満足して暮すようです。

●こんにち大学生たちは就業準備とスペックを積むことに集中しています。青年モールのような伝統市場活性化事業は彼らにどんな可能性を開いてくれると思いますか?
キム:青年モールで仕事をすること自体が自分自身のスペックを積むことだと思います。公務員や大企業に入ったからといって、一生そこで仕事をするわけではないでしょう。この青年モールは一生持ち続けることができるスペックを積む場所だと信じて努力するところです。
  • Citylife
  • 入力 2013-08-28 12:00:00