「華城事件」…B型に執着し目の前の容疑者を逃す



◆「華城連続殺人事件」の捜査 ◆

1986~1991年の「華城連続殺人事件」当時、B型と推定された犯人の血液型は30年ぶりにO型に訂正された。

これをもって有力容疑者の李某氏(56)を真犯人として見ることができる、もう一つのパズルが合わせれるようになった。最近、警察は李氏を「華城連続殺人事件」の容疑者として特定し、捜査本部を設けて本格捜査に着手した。国立科学捜査院は第5・7・9次の各事件の証拠物として、李氏のDNAを見つけたからだ。

しかし疑問は完全に解かれたわけではない。警察が華城連続殺人事件以後もずっと5・7・9次を含む、事件の容疑者の血液型をB型に特定して捜査した状況であることから、血液型がO型である李氏との関連性が無くなったからだ。 「現在の科学捜査でDNAが一致する場合、犯人である確率が99.9%」だと言ってきた警察も、「血液型が異なっている場合はその部分について調査が必要だ」と認めるほどだった。そして今回、国立科学捜査院が李氏のようなO型の血液型を証拠として見出したことで、李氏を真犯人かどうかをめぐる議論は解消された。

では次に、警察はなぜ華城連続殺人事件の容疑者の血液型をB型と推定したのだろうか。警察の内外では華城連続殺人事件の当時、警察が血液型反応を本格的に見出した時期を1986年10月20日に発生した2次事件だと見ている。

これよりも1ヶ月前に発生した1次事件では、朝露が下りる秋の夜明け頃が犯行時刻であったことから、指紋などのこれといった手がかりが出ていないからだ。しかし2次事件現場で回収した空の牛乳パック2つの唾液からは、B型とO型の血液型が検出された。警察は被害者(当時25歳)の血液型がO型である点を勘案して、B型が容疑者である可能性に高く見積もった。その後、4次(1986年12月)と5次(1987年1月)の事件現場で発見された陰毛などからもB型の血液型が発見されたによって、真犯人の血液型がB型に絞られたものと推定される。

とは言え、まだ警察は「華城連続殺人事件の容疑者の血液型はこれまでB型として知られていたが、どのような経緯で確認したのかを正確に聞かされておらず、当時の調査結果が間違っていた可能性も綿密に調査してみる必要がある」と明確な答えを出せずにいる。

専門家らは証拠収集の過程にエラーが発生する可能性を高く診断した。京畿大のイ・スジョン犯罪心理学教授は、「証拠物の収集過程や検査したときに試料が汚染されることがあり、血液型を間違って推定したものではないかと思う」とした。建国大のイ・ウンヒョク警察学科教授は、「犯行場所が屋外であれば汚染の可能性が高く、誤って推定されることもあり、この事件は水田などの自然にさらされたところが多い」と語る。

一部では血液型の誤判によって、追加の殺人や長期未解決事件に飛び火することを防ぐことができるゴールデンタイムが消えたとの指摘が出ている。犯行現場で発見された血液型は犯人を特定できる重要な手がかりなので、容疑者を推理するところに決定的な基準になりうるからだ。実際、警察は1988~1991年の華城で起きた殺人事件10件を調査するために、延べ205万人に達する警察を動員して2万1280人を捜査した。指紋対照者は4万116人にのぼる。

捜査の過程で華城事件の発生地付近に居住してきた李氏は警察の捜査をすり抜け、忠清北道の清州市に居住地を変更した。もしも血液型の誤判定がなければ、事件発生地付近の住民だった李氏を有力な捜査対象に上げただろう可能性も排除できない。李氏は華城郡台安邑陳雁洞(チンアンリ、現華城市陳雁洞)で生まれ、20代後半の1990年代初めまで住んでいた。

警察は当時、捜査した2万1280人の中に李氏が含まれていたのかに対し、「当時(李氏が)捜査線上に上がっていたのかどうかは、捜査中なので明らかにできない」と言葉を惜しんだ。東国大のイ・ユンホ警察行政学科教授は、「血液型判断の分析エラーのために有力容疑者が捜査線上に上がらず、未解決事件として残った可能性がある」とし、「血液型が異なりB型ではない人物を捜査線上から除外したならばなぜこのような結果が出たのか、警察のミスと誤りを詳しく見てみる必要がある」と語った。

このような中で、清州地検は1994年に李氏が犯した「義妹強姦殺人事件」の捜査記録を倉庫から引き出し、京畿南部警察庁に写本形態で提供することにした。詳細な犯行動機と手法やふだんの生活・精神状態などを知ることができ、華城事件との関連性を問うために有用だろうと思われる。
  • 毎日経済_華城=チ・ホング者/ソウル=パク・ユンギュン記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2019-09-20 21:42:53