「K防疫」の司令塔…鄭銀敬疾病管理本部長



「K防疫」の司令塔である鄭銀敬(チョン・ウンギョン、55、写真)疾病管理本部長は、最も近いながらもおそらく一番遠くにある人物だ。ほぼ毎日、定例ブリーフィングでテレビとインターネットで顔を見せることから、国民にとって愛情を感じるほどに近い。しかし防疫以外の事案には関心がない人物だ。したがって記者の立場では個人インタビューが不可能な、はるか遠くにある人物にならざるをえない。

同氏の発言の一つ一つに国民のすべてが耳を傾ける。その時間はすでに6ヶ月も流れた。防疫の節目ごとに出てきた同氏の落ち着いたひと言は、防疫上の注意に緩んだ人々の手綱をすべて握ることになった。防疫首長の言及がいかに重要であるかも、国民も改めて気がついた。例えばこのような式の発言だ。 「噴霧方式の消毒は正しくない。これを吸入した場合は健康上の問題を引き起こす可能性があるからだ。適切な消毒のためには物体の表面を消毒剤で洗い落とすべき」だとする。

先月の26日、中央防疫対策本部の定例ブリーフィングでチョン本部長は「コロナ19」と関連し、適切な消毒法について説明し、噴霧方式の空間消毒に問題を提起した。当時、ブリーフィングを聞いた市民は「確定者の発生空間に噴霧消毒するケースをテレビでたくさん見てきたが、それが適切な対処ではないことをチョン本部長の話を聞いてようやく知った」と語った。

本年1月20日の国内初のコロナ19確定者の発生直後から、チョン本部長は中央防疫対策本部をひきいて定例ブリーフィングを進めてきた。来る20日には国内のコロナ19発生も、まさに6ヶ月めを迎える。去る13日、チョン本部長は100回めのコロナ19関連の定例ブリーフィングを消化した。中央防疫対策本部によると、チョン本部長がクォン・ジュヌク中央防疫対策本部副本部長(国立保健研究院長)と一日おきに交互に進行した中央防疫対策本部の総ブリーフィング(日曜日を除く)の数は、この15日までに総165回にのぼる。

「K防疫」の中心にはいつも同氏がいた。核心は落ち着いた口調と無駄のない回答、何よりも分かりやすい説明だった。服の袖でを利用した咳エチケットや消毒法など、日常生活で守るべき規則について同氏はブリーフィングのたびに実際に演じて見せて、国民に強い印象を残した。簡明であることから聞き取りが容易だった。

同氏の日常はいまも忙しく動いている。コロナ19の防疫対応を指揮・統制する疾病対策本部の緊急事態センターに毎日出勤し、現在は30~60人台を記録している一日平均新規コロナ確定者減らすために奮闘している。防疫当局はコロナ19の終息は短期間には難しいと見ている。特にワクチンが出てこない以上、今のような状況が1~2年間は続くと予想している。これにともない国内防疫を担当するチョン本部長の業務も変わらず続く見通しだ。

チョン本部長は2015年マーズ(MERS/中東呼吸器症候群)事態のときも疾病予防センター長を務め、メディアによく顔を表わした。しかし個人的に関心を受けることは嫌がる。

疾病対策本部の関係者は、「チョン本部長自ら国民が送ってくれる関心に感謝しているが、コロナ防疫で中央政府と地方自治体が最善を尽くしている状況で、本人に関心持つことはかなり負担になる」と述べた。

チョン本部長は1月20日の最初のブリーフィング時から「呼吸器症状者が医療機関を訪問したときは、必ずマスクを着用してほしい」と頼んだ。その後、追加確定者が確認されつつ、旧正月連休の期間にもブリーフィングを行い、中国から入国する者の健康状態質問書を作成するようにした。

同氏は防疫業務に集中できるように、2月11日からブリーフィング場所を政府世宗庁舎から疾病対策本部のある忠清北道五松(おそん)に移した。本部の近くにある緊急事態センターで朝から夜まで勤務し、コロナ19に対する防疫対応を行なった。時間が惜しくて昼食や夕食のすべてを弁当などで済ませている。そんな生活は6ヶ月のあいだ毎日になったし、同氏はいまだに夜になると、ソウル市龍山区の自宅ではなく五松官舎で勤務している。

チョン本部長は2月末、髪を切る時間がもったいないと言って、髪を短く切ってブリーフィングした。当時、「一日に1時間も寝ないという話が出ている」という記者の言葉に、「1時間よりは寝ている」と返事した逸話は有名だ。 2月は「新天地大邱教会」が発端となった確定者鎮圧との戦いだった。 2月18日、新天地大邱教会で最初の確定者が発生し、10日後の29日には一日の新規感染者が最大で909人にまで増えた。新天地大邱教会に関連する感染者は5200人あまりで、確定者全体の40%を占めている。

それから間もない3月8日には、ソウル市「九老コールセンター」で集団感が発生した。これと関連してチョン本部長は、1カ月後の4月26日にコールセンターの疫学調査と防疫過程をまとめた論文まで書いた。これには疫学調査を通じて建物の近くで5分以上滞在していた人々に、携帯電話のテキストメッセージ1万6628文字を送信したという内容も盛り込まれた。

チョン本部長は「コールセンターのような高密度の作業環境はコロナ19の拡散にどれほど危険か、無症状の時期にさらされた人々が実際にどのよう伝播・感染したのかなどの内容を、論文を通じて明らかにしようとした」と語る。

同氏は3月12日、世界保健機関(WHO)が「パンデミック」を宣言した後、17日のブリーフィングでコロナ長期戦に備えなければならないという立場を表明した。その後、防疫当局は3月22日から高強度の社会的距離の確保を実施した。そのおかげで国内のコロナ19確定者数は、4月3日には1万人を突破したが、新規感染者は三桁から二桁に落ちることになる。

当時、米の「ウォールストリートジャーナル(WSJ)」はチョン部長を大きく紹介して、韓国保健当局者を「コロナ19危機の英雄」と評価した。しかし、チョン本部長は4月20日のブリーフィングで、「今年の冬には2次大流行が襲われることがある」と慎重な態度を見せた。

チョン本部長はブリーフィングではいつも落ち着いているが、4月29日の子供の日特集で用意したブリーフィングでは微笑む姿を見せて話題になった。当時、子供たちは「友達と誕生日パーティーをしないのですか」「コロナ19はどれほど小さいのかな」などの質問を投げた。

5月初めに「生活の中の距離を置く」への切り替えを控えて、新規感染者は10人未満に落ちたが、5月6日に「梨泰院クラブ」で集団感染が発生し、再び二桁に増えた。チョン本部長は5月10日のブリーフィング時、これに対して「とても申し訳ない気持ち」だとして頭を下げた。以後、「富川クーパン物流センター」「訪問販売リッチウェイ」に関連する集団発生など散発的な感染が続いた。

6月3日には疾病管理本部の「庁」への昇格発表とともに、保健研究院の保健福祉部移管のニュースが出た。その翌日、チョン本部長は「疾病対策本部が庁に昇格しても、研究機能が必要だ」と所信発言を出して視線を集めた。

専門家らは疾病管理庁で保健研究院がはずれると感染症研究機能に空白が生じることがあると指摘し、最終的に党・政・庁は保健研究を疾病対策本部に存置させることを決定した。

チョン本部長をよく知っている専門家らは、同氏の業績に概ね好評を吐き出している。チョン・ギソク翰林大学聖心病院教授(前疾病管理本部長)は、「診断キットの開発をうながして、疑われる患者のための広範な検査を実施することにより、隠れコロナ患者がほとんど無いようにしたのはすごい成果」だと語った。現在、国内でコロナ19の診断テストを経てあらわれる陽性率は1%程度しかない。残りの99%は実際には陽性ではないのに検査を受けたという意味だ。それほど「度が過ぎても過剰対応が良い」というわが国の保健当局の哲学がそのまま現れている部分だ。

ただしチョン教授は「今年2月に大邱・慶北地域に多数の患者が発生したとき、中国発の入国者を制限しなかったのは決定的ミス(失策)と思える」とし、「しかしこれは外交的問題であるため、当時の疾病対策本部首長としては仕方ないことだった」と述べた。

コロナとの長期戦に備えて、これまでの6ヶ月よりもさらに長い戦いでうまく対処することがはるかに重要だとの指摘も出ている。キム・ウジュ高麗大邱病院感染内科教授は、「防疫当局の長にいま与えられた課題は6ヶ月のあいだ培ってきたノウハウと、これまでの防疫過程での問題点をよく把握し、今後に備えること」だと語る。キム教授は、「コロナ19が2年ほど続くだろうという予想に照らしてみれば、6ヶ月の時間が経ったのはバスケットボールでいえばようやく1クォーターが終わったことになる」とし、「今後の大流行の再発などの可能性の高い事案が多いだけに、2~4クォーターをどのようにうまく防ぐかがカギだ」と強調した。

△ 鄭銀敬氏は...

1965年光州広域市生まれで、全南女子高とソウル大学医学部を卒業した後、ソウル大学病院で家庭医学科の専門医を取得した。保健大学院卒業後、予防医学博士号を受けた。 1995年に国立衛生研究所の特別採用で保健公務員になった後、2015年の朴槿恵政府における「マーズ事態」の時、疾病予防センター長を務めた。当時、マーズ拡散対応の失敗を理由に懲戒を受けた後に対処能力を認められ、2017年5月に文在寅(ムン・ヂェイン)政府で次官級の疾病管理本部長の席に就いた。
  • 毎日経済_ソ・ジヌ記者/チョン・スルギ記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2020-07-17 21:37:28