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【韓国コラム】牛生馬死

  • 10数年前、小さな島村であった出来事だ。
    ある家で面(ミョン)に所在地がある隣島に行って子牛1匹を買ってきた。母牛と強制的に別れた子牛は一晩中、泣き続けた。
    村人たちは子牛の鳴き声によって寝られなくなることを決心した。
    たくさん鳴いても、いつかは母牛を忘れて餌をやる主人に頼るようになるということを経験で知っているからだ。

    数日後、奇妙な事が起こった。
    子牛の鳴き声が聞こえないのだ。
    もう母牛を忘れたのか?気になっていたが、久しぶりに訪れた夜の静けさの中で島の人々はぐっすり眠ることができた。

    ぐっすり眠った子牛の飼い主が夜明けに秣をやりに行ったら、見知らぬ母牛が子牛に乳を飲ませている光景を目撃した。人々は見知らぬ子牛にも母乳をあげたりするが、牛はいくら純粋でも自分の子牛でなければ母乳を飲ませない。

    「ひょっとして実の母牛が?」
    エンジンが装着された船で早ければ30分、潮時を合わせなければ2時間もかかる険しい海を牛が泳いで渡ってきたなんて信じられなかったが、連絡をすると母牛が手綱を切って消えたというのだ。

    山を越えて海を渡ってどうやって?また、子牛がこの島にいるということは、どうして分かったのだろうか?子牛の鳴き声を遠くから聞いたということ以外に説明する方法がない。子牛のことに涙を流し風に伝えられた子牛の鳴き声を聞き手綱を切って駆けつけてきた母牛の子牛を思う愛に、村人たちは胸を打たれたそうだ。

    牛が険しい海を泳ぐほど水泳の実力がすごいのだろうか?

    水を怖がったり泳げないわけではないが、牛の水泳の実力が抜群とは言い切れない。昨年8月の台風で蟾津江(ソムジンガン)が氾濫した際、約500頭の韓国の牛が命を失うか流失した。

    泳ぐことが得意な牛は避けられるなら屋根に上がるほうを選ぶだろう。

    やむを得ず泳いでも、川の流れに逆らっていた我々の方へ泳ぐのではなく川の流れに身を任せるタイプだ。そのため数十キロも離れた場所で発見されたりもする。

    牛と比較すれば馬の水泳の実力がずっと良い。
    しかし、実際に洪水が起こると馬より牛の生存確率がはるかに高いのだ。馬は自分の水泳の実力を信じて水の流れを遡ろうともがき力が抜けて溺死するケースが多いのだ。

    それに反し牛は水の流れに身をゆだねる。しかし、地面に足が付く陸地に出会うと、しっかりと地面に立つ。
    水の流れに逆らうか、そうでないかが生と死を分けるのだ。そこから生まれた言葉が「牛生馬死」だ。

    新型コロナウイルスは望まない社会の変化を予告する。
    このような変化に対抗するのか、変化に順応するのか、各自の価値観、人生に対する態度によって変わってくるだろう。

    子牛を探すといった強い目的意識があるなら、変化の波がいくら激しくても対抗することは妥当だろうが容易ではない。滔滔と流れる時流に身を任せるのが賢い選択かも知れないだろう。

    今まで生きてきたことが「牛歩万里」の姿勢でないと、時流に身をゆだねることも困難だ。そうするにはとても焦って不安になる。

    新型コロナウイルスが人類社会を襲ってから2年目を迎えた辛丑年の牛の年、天は人類に牛の歩みを見習うように勧めるようだ。
  • Lim, Chul | 入力 2021-01-08 00:00:00