Q.子年(ねずみどし)の韓国の芸能人は、誰なのか教えてください(7)

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A. 現在ソロ歌手として活動中のプロジェクトグループWanna Oneのメインボーカル、キム・ジェファンは幼い頃から音楽に素質があったようです。

聖堂の聖歌隊で生まれつき持っていた才能を磨いたのでしょう。教理の勉強をする時、他の子たちが逃げても残って神父の話を熱心に聞く子だったため、とても愛されたそうです。楽器も上手で、歌も上手で、サッカーの実力まで優れた聖堂のエースでした。女子生徒たちの人気も独占したでしょう。しかし、敬虔な信者らしく純粋でした。

体操服を着替える途中、隣のクラスの女子生徒が教室に入ってきたため急いでズボンを履き、片方の穴に両足を入れて転んでしまい、「人魚姫」というニックネームまでつけられたそうです。

キム・ジェファンはクラシックギター、エレクトリックギター、ハーモニカ、フルート、ドラム、ピアノが演奏できるそうです。高校を卒業してホウォン大学の実用音楽とボーカル専攻に受験して自分の伴奏で合格しました。その年の競争率は262対1(随時)に達したそうなので、『PRODUCE 101』のバトルは、大したものじゃありません。

キム・ジェファンは、芸能所属事務所のミュージックワークスに入って2015年「シャーロック」という名前のボーイズバンドでデビューする予定でしたが、数か月経たないうちに解散してしまいました。チームが解散した後、所属事務所の歌手のギター伴奏をするなど、未来の見えない練習生生活を送り、退社しました。しかし、その日SBSから『ボーカル戦争:神の声』の出演を勧められたのです。パイロット版でYBのボーカル、ユン・ドヒョン(尹度玹)に勝って賞金200万ウォンを受け取りましたが、次の対決でR&B歌手のパク・ジョンヒョン(朴正炫)に負けてしまいました。

『ボーカル戦争:神の声』の作家は残念な思いで、キム・ジェファンに『PRODECE 101』に出演してみるように提案しました。所属事務所の助けなしに個人の力だけで『PRODECE 101』に挑戦するのは簡単ではありませんでした。それでも、悩んだ末にバトルに跳びこみました。最終4位でWanna Oneメンバーになった後には「成功した自営業者」というニックネームを得ました。

Wanna Oneのメンバーの中で、子年は得票数で1位を占めていたカンダニエルです。
ガンダニエルは、中学生時代からダンスにハマっていました。2年生の時、校内にブレイクダンスのサークルが出来たためメンバーとして活動し始めました。短期間で地域で行われる学校行事にも招待されたそうです。

サークルの先生の勧めで塾に通い始めましたが、踊るために必要な教育を受けながら塾のドアが閉まる夜10時まで踊って練習したそうです。彼の両親は、ブレイクダンスをするつもりなら、大変だと言うなと厳しい態度を見せたため、踊って指が折れた時も楽しいと言ったそうです。ダンスを踊る人たちに対する人々の偏見を変えたいという夢も見てました。

中学3年生の時、学校で作成した自己紹介書の内容が印象的です。

「これは他の人より上手です」- ダンス(?)
「必ず叶えたい僕の将来の夢です」- はっきり決めたわけではないけど音楽の道を歩みたい。ダンスが好きだから」
「参考までに僕の両親が望む僕の職業は(僕がやりたいこと)です」
「総合意見」-勉強の順位は下の方だけど、ダンスに対する情熱は誰にも負けません。勉強ができないからといって恥ずかしいと思いません。僕にとって一番重要なのはダンスだから、それが僕の人生の道のようで、僕もそちらに向かっています」
「特記事項」(進路希望が自分に合う理由を記録)
1. ダンスが好きで、これ以上他の所に行くつもりがないから
2. ダンスを踊る人について、よくない印象があるため、それを直したい。

ブニエル芸術高校で現代舞踊を専攻し、芸能所属事務所に練習生として入りましたが、状況はよくありませんでした。初めて入ったB2Mは、地下に練習室があるだけでダンスレッスンもなく、この会社を買収したMMOエンターテイメントでもまともなトレーニングを受けられないまま2年余りの間、地下の練習室で一人でダンスを踊りました。誰かのバックダンサーとして舞台に立つなら、親戚がいるカナダに行こうかと思っていた時に、『PRODECE 101』シーズン2に参加するようになったのです。

先輩、僕は命を懸けました。
同じチームになった、ある練習生にこのような心境を吐露するほど、彼は切実でした。そのような、思いが第一週に、23位だった順位を最終1位まで引き上げたのでしょう。
  • Lim, Chul
  • 入力 2020-01-09 00:00:00

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