A. | 新型コロナウイルスが拡散してから変わった風景のひとつはタクシーの運転手の隣の席、つまり助手席に座るお客さんがいなくなったことです。あるタクシーは助手席の椅子を折りたたんだり仕切りをして客が座れないようにしてあります。 目的地まで行く途中、タクシーの運転手とお客さんが話したとしても、つばが飛ぶのを防ごうとする意図が感じられます。米国とは違って韓国では新型コロナウイルスが広がる前は助手席を好む客も結構多かったです。 筆者の場合もソウルでタクシーを利用する場合は主に後部座席に座りますがリゾート地に行くと助手席に座るほうでした。その方が景色を鑑賞するにもいいからです。 ところで運転席の隣の席をどうして助手席と呼ぶのでしょうか? 運転手が初めてなので道を教えてくれるためならともかく、あまり役にも立たないでしょう。 運転教習をする時は助手席側に補助ブレーキで事故を防いだりしますが、その場合には助手というよりはコーチがふさわしい表現でしょう。 助手席と呼ぶ理由は自動車の運行歴史にあります。車が最初の運行を始めたころ、その場には実際に運転手の助手が乗っていたという話です。 助手が同乗した理由については様々な説があります。 初めて搭乗した車はエンジンが自動的にかからず助手が助けてくれたという説、後部座席に座った乗客の乗り降りを助けるために助手が乗っていたという説などです。今日、荷物を持った秘書が社長や奥様を乗せるためにドアを開けてくれる光景を思い浮かべると想像がつきます。 英語では助手石をショットガン(Shotgun)と呼んでいますが、西部開拓時代に馬車を放つ盗賊の襲撃を防ぐために御者の隣に銃を持った人が乗っていたことから由来したそうです。 助手席には深い意味があります。 偉い人が運転する車に何人も同乗する場合、助手席は寵愛を受ける人が乗る場所です。 The 1st Place rides Shotgun. 1位になった人が助手席を占めます。 Hey, you get shotgun. おい、君が助手席に座りなさい。 このような文章からも助手席の価値が感じられます。 助手席は誰でも座らない席ですから、その席に座る人の態度も慎重でなければなりません。 乗り降りする時にドアをバタンバタンと閉めたり運転手の許可なしにタバコを吸ったり、お菓子を食べながらくずをこぼしたり靴や服に汚れをいっぱい付けたまま乗り込んだり、どこか痒いところがある人のように体を捻じ曲げながらサイドミラーやバックミラーを隠しては困ります。 運転の邪魔になるという話です。 長距離運転をするのに黙ってじっとしている人も憎らしいのは同じです。 カーナビの操作方法が分からないなら、カーナビをつけて道探しくらいは助手席に座った人がやったほうがいいでしょう。何も言わずにじっと見つめていると「あいつ、何か嫌なことでもあるのか?」と思えて運転に集中できなくなるでしょう。 居眠りしたり寝たりすること、とてもよくないです。運転手にも眠気が伝染する可能性があるからです。 「疲れたら寝ていいよ」と勧めた運転手も「あいつは、すごいやつだ」とため息をつくに決まってます。 そして、これよりもっと悪いのはダッシュボードに足を乗せる行動です。 実際、昨年1月、イギリスのウェールズで助手席に座って車に乗っていた女性がダッシュボードに足を乗せて事故に遭い、お尻の骨が完全に折れて皮膚の外に飛び出す怪我をしました。 アメリカやオーストラリアでは助手席に関して、death seat、suicide seatという表現があるほどです。 ダッシュボードに足を乗せるよりもっと悪い行動がありますか? 何ですか? 小言を言うことです。 本人はそう感じてなくても、運転手は、そう感じることもあるでしょう。 「ぶつかりそうだ!」 「優しくして、気をつけて」 「方向指示器をつけて、人がいるよ!」 「車線を変えて、急に曲がったらダメよ!」 こんな小言ばかりを言う人は、痛い目に遭わせたいと思ってしまうでしょう。 |