Q.韓国の伝統酒について教えてください(5)…マッコリ

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A. 高麗(コリョ)大学と延世(ヨンセ)大学は韓国の有名な私立大学です。2つの大学は、毎年サッカー、野球、バスケットボールなど5個の種目で勝敗を競っていますが、70年代に東大門(トンデムン)競技場から出てきた2つの大学の学生たちが繁華街の明洞(ミョンドン)まで街頭行進を行ったりもしました。

往復一車線を埋めて行進する学生たちが退勤時間まで行進し続けたので、2つの大学と関係がない会社員はどれほど、イライラしたでしょうか?2つの大学の同窓が享受した特権でした。頭がよくてソウル大学に進学した同じ年代の学生は、この姿が羨ましすぎて大学の選択を誤ったかと後悔したこともあるそうです。

とにかく明洞に進出した学生たちは路上に広がって座り、スローガンも叫んで、応援歌も歌いました。高麗大学の大学生たちは卒業した同窓と肩を組んで声帯が腫れるほど、マッコリ賛歌を歌いました。

飲もうかやめようか、飲んでしまえ
飲んでも高麗大学らしくマッコリを飲め
ビールは水っぽいから延世大学の物を回せ
注げ、飲め、マッコリに酔うように
君も飲んで私も飲んでみんなで一緒に飲もう
高麗大学、マッコリ大学 ああ~

サビは、「満州の土地は私たちのもの、太平洋も譲れない」という派手な内容に続くのですが、マッコリをたくさん飲んだ後は「梨花女子大生は私たちのもの、淑明女子大生*も譲れない」と歌詞を変えて歌ったりもしました。

* 梨花女子大学と淑明女子大学は当時、代表的な名門女子大学でした。

ビールは洗練されていますが、少し悪賢くて、どこか自己中心的な性格を持ってそうな雰囲気ならば、マッコリは少しダサいですが、豪快で男らしいという感じがします。

マッコリは代表的な庶民のお酒です。アルコール含有量が低くて器(ヤンプン)**ごと飲んだりもするので、ご飯が別に必要ですか?昔、農夫は太陽の光の下で汗を流して仕事をしながら飲むマッコリ一杯によって元気が出たりもしました。朝鮮の代表的な実学者、茶山(ダサン)丁若鏞(チョン・ヤギョン)も「凶年に禁酒令を守らない民は捕まえて厳しく罰しなければならない”と言いながらも「---しかしマッコリは口しのぎなので、大目に見る(牧民心書)」と言って一歩譲歩されいたお酒です。

** 大きめの真鍮の器

マッコリが庶民のお酒になったのは単純な理由です。値段が安いからです。米で作った粗酒から清酒を取り除いて残ったものをふるいにかけたのがマッコリです。 残りのカスに水を注いで、再度醸した後、ぎゅっと絞って取ったお酒、いつでも何の器にでも適当に入れたという意味でついた名前だそうです。色が濁っているので濁酒とも言われます。

つまり、酒カスということです。アルコール度数4~6%なので簡単に酔うこともできません。注げ、飲めと歌いながら飲めば先輩どころか両親も分からないほど酔います。それでもマッコリ好きは、器に少しずつ注いで飲む姿をあまり見ません。マッコリはあくまで、どんぶりにいっぱい注いで、ぐいぐいと飲んでこそおいしいという酒法があります。マッコリ杯を空けた後、口元に付いた物をすっとぬぐい取って、辛い唐辛子を一つ食べれば、高慢に酔った男のようだと思いませんか?見る人は分かりませんが、飲む当事者はかなり自分が豪快だと感じるでしょう。

深い意味は分かりませんが、軍隊で大変な訓練や工事が終わった後、部隊長が兵士たちにマッコリを一杯ずつ飲ますのも、そのような理由からでしょう。俺の兵士を強い男にする、このような願いが込められています。

1970年代中盤までは、軍隊の売店でマッコリを売ったりもしました。だからと言って常に、マッコリを置いていたのではなくて、周期的にトラックにマッコリが入った水タンクをを積んできて売店のドラム缶に入れていました。1977年当時、二等兵の月給が1,250ウォンでしたが、マッコリの値段はプラスチックの器一杯(約1800ミリリットル)で85ウォンでした。軍人の給料が少なめだったようですね。

韓国で、いつからマッコリを作って飲んだのかは確実ではありませんが、高麗時代に作って飲んだという点は明らかです。12世紀初期、中国、宋の徐兢(ソグン)が書いた「高麗図経」に「高麗の庶民は少しまずくて色が濃いお酒を飲む」という記録が後押ししています。マッコリはその頃から貧しい村の民のお酒だったようです。
  • Lim, Chul
  • 入力 2019-05-13 00:00:00.0

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