解説 | ハングル:개념 ハングル発音:ケニョム 意味:直訳すると概念だが、善良だ、人間としての良識を備えているという意味で使用される 解説:英語ではConcept。概念は論理学では言語と思考の基本単位として使用される。 哲学者たちは概念で遊びながら事由を発展させ、自分の思想を完成させる。論理学で主に使われていた概念が日常生活に拡張され、概念が「ある作品や、製品、公演、イベントなどで明らかにしようとする主な考え」に変わった。しかし、韓国のインターネット上で使われる概念は少し違う。概念に善悪が関係してくるようになった。 なぞなぞをひとつ出題する。 人が最も住みやすいところはどこだろうか。 正解はアンドロメダだ。地球から200万光年離れたところにある銀河だ。アンドロメダがなぜ住みやすい場所なのかというと、概念という概念は全てアンドロメダへと飛んで行ってしまったからだ。 論理学の基本である概念は、インターネット用語としていつから使われ始めたのか、概念が本来の使い方を脱して、善悪を判断する言葉になった理由が何なのかは分からない。しかし、今となっては人々がとてもよく使う言葉となった。 公衆浴場を自分の家のプールのように考えたり、レストランで子供が走り回っても見て見ぬふりをする親、雨の日に泥水が跳ねてくるのではと恐る恐る歩く学生を見ながらも関係なしに運転して水爆弾をあびせる運転手を以前には、「非常識な奴」と指摘していた。 最近は、「概念を捨ててしまったのか」、「概念のない奴」と批判する。無概念または概念はアンドロメダに送ったという話もよく使われる。 こうして、概念イコール善良という等式が登場した。倫理的な意味とは距離が遠かった「概念」という言葉に、優しいイメージが重ねられた理由が何なのかとよくよく考えてみると、論理学とも非常に無関係ではないように思われる。 珍島犬、雑種犬、ブルドッグはすべて「犬」という概念で縛られる。「犬」として認められるためには、犬の基本的属性を備えなければならない。人も同じだ。「人」という概念に適した存在になるためには、基本的な属性を持っていなくてはいけない。 こうなると、概念がない人→人の属性を備えていない人→人ではないということになる。結局、「概念のない奴=人間らしくない奴」という等式が成り立つことになる。 |