トップ > エンタメ > スターフォーカス > godからRain・Highlightまで…ノ・ソンイル監督のコンサート人生12年

godからRain・Highlightまで…ノ・ソンイル監督のコンサート人生12年


  • godからRain・Highlightまで…ノ・ソンイル監督のコンサート人生12年
ノ・ソンイルは2006年にショーディレクター会社を設立し多方面で活動している公演演出監督だ。今年で12年目の演出監督として活動しているノ監督は、12年目の公演演出家として活躍している。

長い間一分野に身を入れることができたのは、「音楽」への愛情と情熱のおかげだ。音楽で芸能界デビュー、ロックバンドのドラマーから公演演出者に転向した。彼の最初のスタートも「音楽」だった。一緒に働いていた知人の勧めで演出界にやみくもに飛び込んだ。彼が初めて会社を設立した時も公演演出を専門とする会社はそれほど多くなかった。不毛の地で自ら道を開拓して出たわけだ。

当時、彼の年齢は26歳で「若い監督」という呼称を得て、公演界で新星のように現れた。演出監督として活動しながら数多くの紆余曲折があったが、現在は公演業界の巨匠と呼ばれ、Rain、god、イン・スニ、Highlightなどと一緒に働き、坦々たる大路を歩いている。

ノ・ソンイル監督はMBNスターとのインタビューを通じて、演出についての話をはじめ、自身が持っている信念、今後の目標を伝えた。

  • godからRain・Highlightまで…ノ・ソンイル監督のコンサート人生12年


10年以上数多くの歌手たちの公演を企画した。演出方式はどのようなのか。

最近たくさんした公演はgodとRainのコンサートなどだ。godとは古くから仕事を共にした。godが一緒にしない時もメンバーたちのコンサート演出を引き受けて進行した。以後、再結成の話が出てきて自然に2005年から本格的に仕事を共にした。メンバーたちと話をしながら「テーマ」と「コンセプト」を決め、一緒に方向性を調節して、ステージの全体的な面を構成する。godの場合、コンサートを「なぜ」するのかについて意味をたくさん置く。また、パク・ジニョン氏の「悪いパーティ」1回公演を引き受けたことがある。当時パク・ジニョン氏は9年ぶりのコンサートだった。久しぶりにするコンサートに観客が何を見たがるのかについてたくさん相談した。このように、歌手ごとに演出するアプローチ方式から公演を表現する方式などはすべて異なる。

長い間一分野で仕事できる原動力があるようだ。

この仕事を始めて12年間、仕事をしながら出会った人たちが100人だとすれば約90人の人たちの名刺が数回変わるのを見た。仕事をしてから10周年になった時、偶然名刺入れを見ながら「私がどのように10年間、この仕事をしてきたのだろうか」という考えをしたことがある。振り返ってみると私が演出を上手くして、誰かが私を助けてくれてではなく、私が音楽を好きだったからなのだ。一種の「ファン心」であるようだ。Sanullim、DJ DOCなど子どもの頃から好きな歌手と音楽があり、尊敬していた歌手たちの公演の演出を引き受けることから来る喜悦感があった。舞台で見せる立場から徹底的に後ろでサポートしなければならない立場に変わった時は混乱したりもしたが、音楽への愛情により長い間仕事をしてきたようだ。

公演演出者の立地はどうか。

過去にソロ歌手の公演を本当にたくさん演出したが、過去に比べると最近の公演演出者の立地は狭くなったようだ。アイドルグループを見たとき、公演を見るファンたちが公演のテーマよりは彼らのエネルギーにより熱狂するようだ。だから私も最近、この部分について研究をしている。公演を演出する時、歌手ごとにアプローチ自体が異なるようだ。同じ中堅歌手だといっても、だいぶ前に活動したgodと最近中堅グループと呼ばれる歌手たちのギャップが大きいように。また、新人グループと会話をしていくアプローチ方式も異なる。過去にはすべてが一緒に作っていく公演の雰囲気だったなら、最近ではたくさん分業化された。特に最近では海外公演も多くなったことを考えると、歌手チーム、プロダクションチーム、公演企画会社チームを別にする傾向があるようだ。私もまた現トレンドについて研究を継続的にしている部分だ。

演出をしながら最も大変な部分はどのような部分か。

意見が合わない時は大変な部分があるようだ。一例として、ある歌手が公演中に多くのことをしたいと考えている。その場合、予算も非常に高くなり公演時間も長くなる。このような部分を折衝して調節することが監督の力量だ。godのコンサートを3回ほど進行したが、3時間公演でもいつも大変だったと思う。ヒット曲が多いため曲を選別することもとても難しい部分だ。公演が2~3時間以上を超えると、観客たちも体力的に限界を感じる。現実的にトイレも行く必要があり、お腹もすいて、どのような構成であれ集中力が落ちる。そのため適切な時間内に観客を満足させて良いショーを見せることが一番大変な部分だ。

  • godからRain・Highlightまで…ノ・ソンイル監督のコンサート人生12年


今まで進行した公演の中で最も大変だった公演はどんな公演か。

今はHighlightだがグループBEASTとしての最後の公演が大変だった。当時、この子たちをある程度中堅グループとして見て多くの絵を描いた。しかし、BEASTのメンバーたちはそのように考えていなかった。通常、歌手たちが多くの絵を描き、演出者はその絵を減らし取り除くほうだが、この場合はその逆だった。歌手のコンサートを演出する時、新人グループから中堅グループまでアプローチ方式が異なる。私が考える歌手の位置とその歌手が考える自身の位置からギャップがある時、当惑したりもする。

公演を企画しながら最も幸せな瞬間はいつか。

一言で言うと喜悦を得ることだと思う。公演を初めて試みる歌手たち、公演をたくさんしてきた歌手たちの公演後記を読んだ時、「今回の公演は本当に良かった」という評がある時だ。過去にRainのコンサートを演出したことがある。通常、Rainの公演は針の穴一つ抜け出すのも大変なタイトな公演だ。しかし、毎回見せる公演と異なる公演を見せてあげたかった。大衆がRainの舞台の上での姿だけでなく、身近でかわいい姿も好きだと考えた。ワールドスターがリラックスしてフレンドリーな姿もあるということを見せられるアイデアを提案したことがある。徹底的にファンの立場、ファン心で考えて反応が良かった。

一分野で長い間、同じ道を歩いている。特別な秘訣があるか。

切実さがある人が長く続くと思う。私も常に切実さがある。個人的にはPSY氏を尊敬する。公演をすれば広報もたくさんして放送活動もたくさんし、舞台の上でのエネルギーもすばらしい。あれだけ長い期間歌手として活動しているが、切実でないなら絶対にあのように舞台ですることができないと思う。PSYという歌手にはもはや音源の順位、音楽放送のランキングなどの数値が重要でないと考える。1位を獲らなくても誰もがPSYの歌を歌える。PSYの切実さで成し遂げた結果ではないかと思う。

公演に最も重要な点があるなら。

過去2014年に進行したgodの初の復帰公演初日の感動をいまだ忘れられない。初日はシステム的に事故が多かったが、その日に全世界の悪口はすべて言ったようだ。(笑)私は非常に腹が立ったのだが、いざ公演を見に来た数万人の観客たちは、それが重要ではなかったようだ。最初にgodが登場した時の観客の歓声と嗚咽の声が今でもはっきりと思い出される。今までしてきたすべての公演が全部大切で特別だが、その日は不思議とより鮮明に記憶に残る。システム事故が出たことからファンたちの歓声ポイント、メンバーたちの細かいミスまでどの部分だったかすべて思い出すほどだ。ファンたちに重要なのは5人が一緒にいるという点だった。私も公演をする時、舞台に上がる彼らに「公演は皆さんが作っていく」という言葉をする。関係者たちの間で公演評価が低い歌手がいるが、常に完売する歌手がいるとする時、私はその歌手の公演が最高だと考える。観客が本当に舞台の上の公演者と呼吸する時、最高のシナジーが出るようだ。

今後の目標と目指すところがあるなら。

誰の公演なのかが重要ではない時点が来たようだ。初めて舞台演出を始めた時、20代半ばだった。韓国の舞台演出者の年齢層を下げたと自信を持って言うことができる。(笑)当時、音楽をたくさん聴いて好きなもの一つで始められた。当時どうしても若い感覚があったため、多くの方々が私を訪ねてくれた。今の目標は10年、20年が経っても相変わらず人々が私を訪ねてくれば良いという目標がある。ある目標のために上がることより、私の位置を維持するほうがより難しいことが分かった。もちろん機会があれば、今舞台演出をする若い子たちから学んで一緒に舞台演出をしてみたい気持ちもある。
  • MBNスター ペク・ユンヒ記者 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2017-10-29 09:33:02




      • facebook icon
      • twetter icon
      • RSSFeed icon
      • もっと! コリア