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80周年迎えたサムスン...「社会と共存し100年企業に」

    • サムスングループの売り上げ推移



    「汗と努力で作り上げたサムスン80年、100年サムスンのために社会とともに呼吸して、世界と共存する道を進むべきだ」。

    サムスングループの創立80周年記念日の22日朝。サムスン電子から金融系列会社に至るまで、すべての系列会社の事務所には厳粛で真摯な雰囲気がただよった。 1938年の創業以来で80年間、韓国の経済成長とともにしてきたが、サムスンをめぐる国内外の悪材料の中で祝う余裕を見出すことは難しかった。サムスンはこの日に80年を見回して、100年企業の道を探ってみる映像を一緒に鑑賞し、省察と覚悟の時間を持った。

    この日の午前9時、サムスングループ全系列会社に放映した7分間の80周年記念映像は、「ダイナミックサムスン80、新しい未来を開く」というメッセージで始まった。祝いの席という雰囲気ではなく、今後100年に向けての厳粛で真剣な悩みの始まりを知らせる重いメッセージが従業員に投げられた。キーワードは100年に備えた「変化」と「共生」だった。

    映像は、△挑戦の道「開拓の歩みを踏み出す」、△超一流の道「世界に向かって飛翔する」、△未来の道「100年サムスンを準備する」の3つのテーマで構成された。

    挑戦の道では李秉喆(イ・ビョンチョル)先代会長の起業家精神が描かれた。 「事業報国」「人材経営」などを通じた、サムスンの創業理念である「人類社会貢献」の意味を振り返ってみた。サムスングループは1938年3月1日、大邱市で始めた「サムスン商会」が母体だ。 1950~1980年代に挑戦と開拓精神で事業の基礎を築いた。李秉喆先代会長は1982年4月のボストン大講演で、「一年の計は穀物を植えるためにあり、10年の計は木を植えるためにあり、100年の計は人を植えることにある」とし、講演の翌1983年にサムスンは半導体事業に進出した。

    「超一流の道」に向けたサムスンの挑戦は、1987年に李健煕(イ・ゴニ)会長の就任後、1988年に第2の創業宣言と1993年の新経営で花を咲かせた。李健煕会長は不良製品火刑式などメッセージを送り、1993年6月のフランクフルト会議に全役員を招集し、「妻と子をのぞいて全て変えよう」と宣言した。以後「質経営」「人材第一」「技術重視」「グローバル」などを強調し、ビジネス体質を変えていった。その結果、メモリ半導体は25年連続世界1位、スマートフォン世界1位、テレビ12年連続世界1位という現在の成果につながった。

    サムスンは動画の最後のトピックを、将来の道「100年サムスンを準備する」とした。 100年サムスンの前に置かれている不確実な未来を提示し、「新しい技術の出現」「崩れた業の境界、揺れる産業界」と診断した。 「技術重視やグローバルなどの伝統を受け継いでいかなければならない」という信念は堅固だ。

    サムスンは「共存」にも力点を置いた。サムスンは「100年サムスンのためにはダイナミックなエネルギーと価値を共有し、社会とともに呼吸して、世界と共存する道に進まなければならない」とし、「新たな価値を込めて製品を作り、信頼されるブランドに成長する道を歩いて行かなければならない」と強調した。

    「100年の道、サムスンはどのように進むのか」という質問には、各界の専門家の虚心坦懐な意見が入れられた。時には辛辣だが果敢なアドバイスが続いた。

    ハーバード大学のタルン・カナ経営大学院教授は、「シリコンバレーや他の企業の方向性を単に模倣することは禁物だ」と助言した。ダートマス大のケビン・ケラー経営学科教授は、「人々の生活をよりよくすることが重要だ。他の途方もない約束はいらない」と語った。早稲田大の深川由紀子経済学科教授は、「家族と全く関係のない人たちから優秀な人材を採用した」とし、サムスンの人材重視政策を高く評価した。

    役職員の声も入れられた。サムスン電子の従業員チェ・ユンヂョン氏は「世界の多くの人が最も働きたい会社になると良いだろい」と語った。権五鉉(クォン・オヒョン)サムスン総合技術院会長は、「変化のために私たち従業員のマインドセットや働く方法、このようなものはいまや再び変化しなければならないと思う」と語った。
  • 毎日経済_イ・ドンイン記者 | (C) mk.co.kr | 入力 2018-03-22 22:41:59