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[科学の香り] 男をもっと男らしく、テストステロンの誘惑


  • [科学の香り] 男をもっと男らしく、テストステロンの誘惑
韓国水泳界において10年間、看板スターを務めている「マリンボーイ」朴泰桓(パク・テファン)選手が、世界アンチ・ドーピング機構(WADA、World Anti-Doping Agency)のドーピング審査で陽性反応を受けた結果が去る2015年1月に発表され、衝撃を与えた。彼の検査試料から禁止薬物に規定されたテストステロンが検出されたというのが理由だった。以後2か月間の論争の末、3月23日、世界水泳連盟は朴選手に責任を問い、18か月間の資格停止処分とともに2014年仁川アジア大会で獲得した6つのメダルもすべて剥奪すると発表した。

当時、朴選手のドーピング論難をめぐって浮上した最も大きな疑惑は、彼が禁止薬物の注射を打たれていたのかではなく(この部分は明らかだった。ドーピング検査で検出されたからだ)、彼が禁止薬物と知りながらも投与したのか、つまり、故意性に対する有無だった。当時、彼が注射で打った薬物は何であり、どのような理由でWADAは、これを禁止品目に指定したのだろうか。

▶ 男を男らしく、テストステロン

当時、朴選手が投与された薬物はバイエル社が発売した「ネビド(NEBIDO)」だ。ネビドの主成分は、包装の前面に書かれているようにテストステロン(Testosterone)だ。テストステロンはステロイドホルモンの一種で、俗に言う「男らしい」身体的特徴を作るのに非常に重要な役割をするため、「男性ホルモン」とも呼ばれる。

実際にテストステロンが機能しなければ、男性は最初から形成されない。人間の胎児は、発生初期の染色体タイプがXX(女性)であるか、XY(男性)であるかに関係なく、将来男性の生殖器になるウォルフ管と女性の生殖器になるミュラー管を両方とも持っている。もし胎児が男児なら、妊娠8週頃に胎児の小さな精巣(睾丸)からテストステロンが分泌され、この信号を起点にウォルフ管は精巣と精管および男性生殖器へと分化されてミュラー管は退化する。もし胎児が女児なら精管が作られないため、テストステロンの信号は発生せず、妊娠10週頃までにテストステロンが感知されなければ、ウォルフ管は自動的に退化してミュラー管が子宮をはじめとする女性生殖器に分化される。

ここで興味深いのは、妊娠初期の生殖器の分化は遺伝子型に関係なく、テストステロンの信号があるかどうかにのみ関係があるということだ。つまり、男児でもテストステロンが分泌されなければ、女性生殖器を持つようになり、女児でも適切な時期にテストステロンに人為的に露出させると、男性生殖器を持つように発達するということになる。

このように、母親のお腹の中で男性の基本ベースを整えるのに一助したテストステロンは、相当の期間、活動を止めることになる。しかし、思春期に入って再び目覚めて、男子の第2次性徴(変声期、体毛及びひげの増加、性的成熟、性欲増進、筋肉の発達、競争心と瞬間的判断力)を担当しながら、少年を大人の男に生まれ変わらせる。このようにテストステロンは、男性を男性らしくする役割をするホルモンだ。

▶ AASがもたらした欲望

実際にテストステロンは、男性が男性らしい体と男性のアイデンティティを持って生きていくために、無くてはならない物質だ。したがって、先天的な理由で精巣がなかったり萎縮した場合、テストステロンが分泌されないため、男性として生まれても男性としてのアイデンティティを持って生きることが難しくなる。彼らを治療するために作られたのが、「アナボリック・アンドロジェニック・ステロイド」(AAS、anabolic-androgenic steroid)だ。

AASは、合成テストステロンのほかにも、スタノゾロール (Stanozolol) 、ナンドロロン(Nandrolone)のような似たような構造を持つ他の兄弟ホルモンも含まれている。私たちの体は、かなり開放的なので、構造が同じホルモンであれば、それが体内で作られたものであれ、外部から流入されたものであれ、区別せずに受け入れて利用したりする。

AASを注入された者たちの体は、筋肉が増えて体毛が生え、声帯が太くなり、男性らしく変わる。特にAASは、体内の蛋白同化現象を活性化させ、筋肉の量と強度を増やす役割をするため、命が危険なほどに体重が減少した患者や腎不全などで栄養供給が不足している患者の筋肉を増やして健康を維持することを助けることができる。

実際、第2次世界大戦後、深刻な飢餓と栄養不良によって餓死の危機にあった人びとにテストステロンを注射したところ、体重増加と体力回復速度が速くなったという研究報道もある。AASが筋肉の量を増やしてくれるだけでなく、強度も増加させるという事実が知られると、AASに目をつける新しい部類の人々が現れた。まさに激しい身体の激戦場で競争するスポーツ選手たちだ。

▶ 悪魔の誘惑、そしてアンチ・ドーピングの歴史

実際に、いつも厳しい競争の中で生きていく職業のスポーツ選手が、身体の持つ限界を高めるために薬物を使用したのは、かなり以前から始まった悪習だった。すでに古代ギリシャのオリンピックに出場する選手たちは、競技力向上のために、幻覚成分の入ったイチジクを食べたり、ローマ時代の剣闘士が恐怖を克服して競技力を向上させるために、興奮剤を摂取したという記録が残っているほどだ。競争に勝ちたい欲求が科学技術と出会い、その影響ははるかに増幅された。

いまや選手たちは、幻覚性のキノコやコカの葉、カフェインに加え、アンフェタミンのような強力な覚醒剤とエフェドリン(Ephedrine)、各種中枢神経刺激剤とともにテストステロンを含むAASまでに目を向け始めた。これらの物質は、筋力を育てて肺活量を増加させ、疲労をあまり感じなくさせ、精神を冴えさせ、競技力を向上させるという理由によりますます広がっていった。徐々にこのような薬物は、選手たちの間で「表には出ないが、誰もが知っている」存在になっていた。

暗黙のうちに乱用れていた薬物に、本格的な制裁が加わり始めたのは1960年代からだった。1960年のローマオリンピックで、デンマークのサイクル選手が興奮剤の過剰摂取による副作用で試合中に急死する事故が起きた後だ。特にこの事件の場合、この試合が生放送で中継されている状態だったため、この試合を見ていた視聴者にも薬物の過剰摂取の恐ろしさを刻印させるきっかけになった。

この事件をきっかけに、選手たちの間での薬物服用が既に限界値を超えたことを感知したスポーツ委員会は、以来、公式的な「アンチ・ドーピング規定」を作り始めたが、一度根付いてしまった薬物の陰は非常に深くて暗く、簡単に除去される兆しが見えなかった。

さらに冷戦時代の東ドイツは、国際的な地位を高めようと政府が乗り出し、国際大会に参加する選手たち(特に女性選手、女性のテストステロン正常値は非常に低いため、AASを投与すると筋肉増強効果が男性に比べてはるかに即刻的に現れる)に継続的に薬物を投与するほどだった。ただし、1999年に強力な制裁手段を持つ「世界アンチ・ドーピング機関(WADA)」が定着してからは、このような集団的狂気は減ったものの、依然として競争の崖っぷちに追い込まれた選手は密かに禁断の実に手を差し出したりしている。

▶ 自分自身のための選択

よく、多くの人は、アンチ・ドーピング規定によりスポーツ選手の薬物服用を厳しく規制することについて「正々堂々と競争しなければならない崇高なスポーツ精神に反するからだ」と考えたりする。しかし、実際に世界アンチ・ドーピング機関が必死に守ろうと努力しているのは、スポーツ精神ではなく、選手たちそのものだ。

スポーツ界で、これまで若く将来の明るい有望株が、一時の誘惑に勝てず禁止薬物に手を差し出して、廃人になったり、あるいは命まで失うケースをあまりにも多く見たからだ。

だから、秋霜ように厳格なドーピング規定は、まだ未来の明るい若い選手が一瞬の誤った選択によって、人生そのものを丸ごと失ってしまわないようにする、荒いが心のこもった保護具であるわけだ。そのような点で、今回のパク・テファン選手のドーピング事件は彼にとって、もしかしたら起きたかもしれない将来のより大きな事件に対する警告だった可能性もあるという気がする。「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言うが、健康な心構えも健康な体を作る主な要因になりえることを忘れないでほしい。
  • 毎日経済_イ・ウンヒ科学コラムニスト、コラム提供:韓国科学技術情報研究院(KISTI) | (C) mk.co.kr
  • 入力 2015-04-16 09:35:05




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