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[コラム] サッカーの誤審、生活の誤審

  • 去る10月6日、水原(スウォン)で行われたワールドカップサッカーアジア最終予選で韓国とカタールが対戦しました。
    この試合で韓国は3対2で勝て、勝ち点3を獲得することができました。試合は幸い勝ったのですが、サッカー場に訪れていたサポーターや中継放送を見ていた視聴者は、ものすごく怒りを買いました。

    なぜかって? 審判のせいです。カタールで行われた試合ならともかく、韓国ホームで行われた試合なのに、主審はカタールに有利な判定をするために考えて、出てきたようでした。韓国チームの主将キ・ソンヨンがせりあいの過程で、首と腰を曲げている場面が画面に捕えられ、競技場を訪れた妻が心配な目で眺めるが、審判はキ・ソンヨンにイエローカードを取り出します。

    サッカーの門外漢が見ても本当にひどいと思うほどでしたからね。韓国サッカーの国際的地位がどれだけ落ちたといって、マレーシアの審判にあんなふうにも侮辱に遭うのか、悔しい思いもするほどでしたね。

    ところが、イングランド・プレミアリーグで活躍するソン・フンミンの反応は意外に淡々としていました。試合が終わった後のインタビューで、「誤審も試合の一部だから勝ったことに満足する」と言いましたね。万一負けていたら? その時も淡々と受け入れられるかわかりません。

    腹が立ったり淡々と話したり、サッカーはサッカーなだけです。悔しい判定で負けても次の試合がまた近づいて来るでしょう。ところが、財産を巡って争ったり、生計手段を失うことになった時、住んでいた場から追い出される運命に直面した時も、淡々と受け入れることができますか?

    現代の民主社会で人生の審判は、裁判官です。人の生死を主管し、刑務所に送り、財産争いをする兄弟を操縦して、争いの末に離婚を選んだ夫婦も、裁判官の前に立ちます。

    韓国の裁判官は、試験を受けて資格を得た人たちですね。子どもの頃から神童だという声を聞き、1等を逃さず、激しい競争をくぐって、その場に上がった人々でしょう。法の勉強をしながら、法の精神がどのようなものなのかはスラスラと覚えたでしょう。

    資格で言えばサッカーの審判も同様でしょう。サッカーへの情熱とキャリア、体力が後ろ盾になってこそ、国際試合の判官ができたのでしょう。それでも誤審が続出します。お金の誘惑に負けて買収されている審判もなくはないでしょう。適切に審判をしようとしても、誤って誤審を犯す可能性もあります。

    誤審のために試合を逃しても、次回の試合が残っているように、裁判官を誤って受け入れて不当な判決を手にしても、高等法院(高等裁判所)、大法院(最高裁判所)で勝つ余地は残っています。ところが、本当にそうでしょうか?

    権力とお金に立ち向かい、法廷に行った人たちは、高等法院、大法院にあまり期待をしませんでした。1審の裁判官に比べて、より保守的ですからね。権力志向的な姿が若い裁判官よりもっと著しいためでしょう。

    OECD(経済協力機構)の調査の結果、韓国の司法信頼度は調査対象42カ国のうち39位です。韓国人の中で司法部、すなわち裁判官の判決を信じる人はわずか27%だけです。信じられない裁判官に自分の運命をかけているというわけです。

    裁判官を信じられなければ悔しい事情があっても、法に訴えなくなります。現代社会の根幹である法治が揺れているんですよ。数年の間に大幅に増えた法廷暴動は、揺れる法治を雄弁するようです。去る1月には控訴時間に法廷に出席した被告の家族が判決を受け入れず、裁判官に悪口を浴びせました。法廷の中で自殺や自傷行為を試みた人も4人もでました。

    こうなったため、今や国会議員よりもむしろ、大法院の裁判官を選挙で選ぶ方が良いようだという気もします。サッカーの試合の誤審を見て、韓国の司法機関を心配することになる現実がほろ苦いですね。
  • O2CNI_Lim, Chul | 入力 2016-10-09 08:50:00