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[コラム] 光化門1番街と申聞鼓
- 朝鮮時代の初期に民の悔しさを王が直接解決してくれる制度があった。
宮の外の門樓の上につけてある太鼓(申聞鼓)を打てば、王が聞いてその悔しい事情を処理してくれる代表的な民意上達制度だった。
今の光化門に申聞鼓はないが、オンラインとオフラインを通じて政策を提案する国民の足が続いている。政策の提案を受ける所の名称は「光化門1番街」だ。文在寅(ムン・ジェイン)政府が先月25日に設置した「光化門1番街」では、半月で5万件に達する国民の提案が受け付けられた。主にオンラインを通じて提案が行われるが、コンピュータに慣れていない高齢者や、光化門一帯に来た市民が政策提案書に自分の意見を書いて提出したりする。< 聯合ニュースTVキャプチャ >
過去に国民申聞鼓などを介して受け付けられた苦情・相談の件数が1年間で約10万件程度だったことを考慮すると、政策提案に対する国民の関心が高いことが分かる。
任期中「疎通の不在」という悪評を聞いていた前政権とは異なる動き自体に注目が集まる。しかし国民の高い関心は政策を執行しなければならない政府にとっては「諸刃の剣」とも言える。受け付けられた提案にどのようなものがあるのか知られていないが、おそらく敏感な事案についてはそれぞれ異なる意見が出されている可能性も大きい。
教育政策だけでも意見が鋭く対立した状態なのだから、政策提案書でもそれぞれ異なる意見が含まれていることだろう。
「光化門1番街」を運営する国民提案委員会は7月12日まで受付を行い、提案を選別して8月末に大統領に報告する予定だ。
鋭く対立した政策の提案はどう処理されるのだろうか。これを処理する過程が国民を納得させることができるほどのもので、たとえ自分の意見とは異なる政策が執行されても受け入れるに値すると感じさせたら「光化門1番街」は韓国の政治に新たなマイルストーンを立てることになるだろう。
しかし、容易ではないだろう。
朝鮮時代の初期に運営されていた申聞鼓も良い趣旨とは異なり、主にソウルの官吏にのみ使用され、訴える方法がなくて王に直接悔しさを知らせなくてはいけない一般常人や奴婢、地方に居住する官民はほとんど使用しなかった。そもそもの目的が失われてしまったわけだ。
うやむやに運用されてから廃止され、1771年に再び復活したが、申聞鼓の良い趣旨が光を放つことはなかった。
「光化門1番街」に申聞鼓のこのような前轍を踏んでもらわれては困る。「光化門1番街」が国民の提案の窓口として機能するには、イベント性の色を消すべきだ。国民の参加が爆発的だという事実ももちろん重要なことだろう。
しかし、さらに必要なのは政府のすべての部処が国民の意見を謙虚に受け入れる姿勢であることだろう。 - O2CNI_Lim, Chul | 入力 2017-06-18 09:06:58