Q.韓国ではお茶を飲まない?

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A. 韓国のことわざに転がって来た石がはまった石を取り除くという言葉があります。新しく生まれたものが元来あったものを押し出すという意味ですが、コーヒーとお茶がまさにぴったりと当てはまります。

朝鮮半島に緑茶が伝来したのは千年前のことです。新羅の僧侶が中国に留学に行った際、お茶の種を持って帰り寺院の周りに植えたといわれています。茶文化が寺院を中心に起こっただけに、仏教が隆盛していた高麗時代には朝鮮半島の南の地方に茶栽培の団地が広く作られたといいます。文献を見ると20か所を超えています。高麗の寺院は旅行者が泊まっていく宿泊所の役割もしたので、茶文化も朝鮮半島全域に染み渡ったことでしょう。

しかし、仏教を抑圧し儒教を崇める朝鮮が開国してからは茶文化も一緒に衰退し始めます。支配層がお茶を飲まないのに、肉の入った汁と米飯を食べるのが願いである貧しい庶民は到底お茶を飲むことができなかったことでしょう。僧侶が変わらずお茶を飲んでいたかは分かりませんが、ほとんどの寺院が深山幽谷にこもってしまったためお茶を飲むために山に登ったりはしなかったでしょう。自然とお茶は韓国人の食卓から消えて行きました。

朝鮮王朝末、奸臣たちの企みにより生涯人里離れた島や山の村で流刑の生活をした実学者チョン・ヤギョン(丁若镛)が僧侶たちと一緒にお茶を推奨したりもしました。チョン・ヤギョンがどれほどお茶を好きだったかというと、称号が茶山であったほどです。しかし19世紀末に入り始めてからはコーヒーに押され始めます。

コーヒーは1890年ごろ韓国で知られ始めました。その頃、ロシア公使館でコーヒーを初めて味わった高宗皇帝は完全にコーヒーにはまり込みました。韓国人のコーヒー愛好家1号が高宗であるわけです。皇帝が好なものですから大臣も一緒に飲み、宮人たちの家にも波及しました。以来お金が多く西洋文化をかじったいわゆる新式のおしゃれをする人たちは新たに登場した喫茶店に出入りしコーヒーをすすりましたが、コーヒーの値段があまりにも高価であったため庶民が味わうということは到底不可能なことでした。

その後、朝鮮戦争後に米軍が駐留して米軍部隊からインスタントコーヒーが大量に流れて出たことにより、コーヒーが最も大衆的な嗜好食品としての位置につき始めました。政府統計では1967年に全国には3,600を超える喫茶店があり、最も売れていたものがコーヒーだったといいます。いわば、米軍の韓国駐屯とともに韓国のコーヒー文化が定着したということです。

国ごとに好んで飲むお茶があります。日本が緑茶を好んで飲むなら、イギリスは紅茶が主流で、中国は陸地が大きいだけにウーロン茶、緑茶、紅茶、ジャスミン茶など、地域ごとに様々なお茶があります。米国はコーヒーなしでは生きていけない国ではありませんか。そのようなアメリカのコーヒー文化をそのまま韓国が受け継いだと見ることができます。韓国に駐留する米軍だけでなくアメリカに留学してから帰国し管理者、技術者、教授になった韓国の知識層もコーヒーの普及の先頭に立ったと見るべきです。

コーヒーは全て輸入されているだけに、韓国でも独自のお茶を育て代替しようという議論がなかったわけではありません。韓国の気候と土壌に合うように根が深く育つ固有品種も開発して緑茶の良さを宣伝し始めてから90年代初めには20gだった1人当たりの消費量が2000年代半ばには100gまで増えたりしました。しかし、コーヒーに押されてその場にとどまるどころか押されているので気の毒な役割です。見かねた韓国最大の量販店チェーンであるイーマートが緑茶販売支援に乗り出しましたが、あまり効果が見られずにいるのが実情です。

Tip : 韓国で緑茶の文化が発達しなかったのは食生活や気候のせいでもある。昔からお茶を好んで飲んだ中国人が脂っこい物を食べる一方で、韓国人の食べ物はあっさりとした方だ。しょっぱくて辛い韓国料理を食べた後は、お茶よりスンニュン(おこげ茶)を飲むほうが後味が良い。
さらに、茶木を栽培するには年間平均気温が摂氏13度以上でなければならず、南の一部の地域でのみ栽培が可能である点も茶文化が定着する上での難点になった。

☞スンニュン:ご飯を炊いた釜からご飯をよそった後に水を入れて暖めたもの。香ばしい味があり、一般的に食事をした後に飲む。
  • Lim, Chul
  • 入力 2014-06-02 12:00:00

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