トップ > コラム > オピニオン > [世智園] 申京淑(シン・ギョンスク)と文学の力

[世智園] 申京淑(シン・ギョンスク)と文学の力


  • [世智園] 申京淑(シン・ギョンスク)と文学の力
感受性が鋭敏だった20歳の頃、小説家の申京淑(シン・ギョンスク)氏の作品に熱狂した。『オルガンのあった場所』『深い悲しみ』に登場する隠喩表現いっぱいの文章、寂しいながらも余韻のある文体が好きだった。九老工業団(現、九老デジタル団地)で女工として働いていた時代を扱った『人里離れた部屋』にも、後に一度くらいは使ってみたい美しい表現がたくさんあった。2008年に出版された『母をお願い』を読む時には、母親を思い出してたくさん泣いた。『母をお願い』の「210万部販売」、「32か国に権利輸出」のような記録に支えられて、彼女は韓国の代表作家であり文壇の絶対権力になった。

シン氏を通じて文学への夢を育てた人が、一人や二人ではない。そのため、今回の盗作騒動が投げる衝撃波は想像以上だ。シン氏の小説『伝説』の一部の文章が日本の作家三島由紀夫氏の『憂国』をコピーしたという小説家イ・ウンジュン氏の主張は、誰が見ても納得するに値する。しかし、シン氏の最初の反応は「該当作品を知らない」というものだった。

最初は盗作を否定していた「創作と批評」社(以下、「創批」)は、読者から非難を受けると「盗作を提起するに値する」との立場に変更した。文人たちも蜂の群れのように現れて、シン氏と「お金を呼び寄せるベストセラー作家」を庇護している文学権力の「創批」と「文学トンネ」を批判している。初めて盗作の疑惑があった1999年に徹底的に明らかにしなければならなかった。人気作家をかばって、彼女の過ちをあえて問題視しない出版社と評論家たちの沈黙が事態を育てた。

今回の暴露によって、躍動性が低下して権力化した文学界が自浄されるきっかけが作られたことは望ましい。しかし、ヒョン・テクス韓国社会問題研究院長がシン氏を業務妨害と詐欺の疑いで検察に告発までしたのはオーバーだ。盗作を初めて問題視したイ・ウンジュン作家の言葉のように、文学のことは文学で解決しなければならない。

1992年の小説『楽しいサラ』を書いた延世大学のマ・グァンス教授は、わいせつ論争に巻き込まれて最終的にわいせつ物の制作・流布の疑いで拘束された。20年前のことだが、芸術か、わいせつかを法の物差しで区分したことは明白な文学弾圧だ。今回の事件をも「検察の仕事」にすることは防がなければならない。

模倣したい欲望までとがめることはできない。しかし、盗作は欲望にひざまずく行為だ。事態が起きたときにシン氏が「美しい文章に欲が出た。私のものにしたいという欲望に屈してしまった」と深く謝罪したら、どれほど良かっただろうか。謝罪する巨匠に誰が石を投げることができるだろうか。盗作を告白したからと、シン氏が築き上げてきた文学的成果が一度で崩れるわけではない。たとえ、傷はできても、復元することができる。

シン氏は、もはや「人里離れた部屋」に隠れず、大衆の前で真実を明らかにすべきだ。それが、文学権力を手放して、真の文人になる道だ。
  • 毎日経済_シム・ユンフイ論説委員 | (C) mk.co.kr
  • 入力 2015-06-22 17:20:53




      • facebook icon
      • twetter icon
      • RSSFeed icon
      • もっと! コリア